時計の針は十時を回り、お子様はお休みの時間。
うとうとと舟をこぎ始めたは、カルトに手を引かれ、ゼノたちに見送られて広間を後にした。
イルミはお休みのコミュニケーションをとった後で、かすかに目を細めながらそれを見送る。
本当ならカルトになんぞ任せたくないのだが、如何せん今は母親が許してくれないだろう。
すでに何時間も平行線な遣り取りを繰り返していて、マイペースなイルミとていい加減に嫌気が差してきている。
だからこれはいいチャンスだ、と彼は思った。
お子様二人がドアの向こうへ消える。
重みのある音が響いて、そして沈黙が訪れた。
次の瞬間に残る家族から一斉に視線を向けられ、イルミは小さく肩を竦めた。
天使とピストル(ゾルディック家編)
「イル、あなた―――っ!」
「黙ってろ、キキョウ」
金切り声を再度上げようとする妻を、シルバが一言で黙らせた。
反射的に口を噤み、キキョウは姿勢を正した。
イルミも椅子にもたれていた背を心持ち立て直す。
とカルトがいたときとは違い、ひどく厳格な空気をもってして、シルバはこの場を統べていた。
「イル」
「・・・・・・何?」
「あの子供は何者だ」
曖昧な問いかけに、キキョウとミルキが不可解に眉を顰めた。
彼らはが幻影旅団のホームで見せた力を知らない。
体感したシルバやゼノでさえ、能力のすべてを理解することは到底出来なかった。
イルミは肩を竦め、息を吐いて背もたれに身体を預ける。
「名前は。苗字はない。俺の元依頼人」
「歳は?」
「判らない。クマが言うには一緒にいるようになって五年らしいから、少なくとも五歳以上」
何を言っているのか判らない。
家族の面々がそう考えたのを悟り、イルミは少し悩んでから言葉を付け足す。
別に俺にはどうでもいいことなんだけど、と前置きした上で。
「気がついたら一人だったから、よく判らないんだってさ」
イルミはについてたくさんのことを知っていた。
旅をしている間に聞きだしたそれは、それだけ彼が彼女に興味を持っているということを示すパラメータでもある。
生まれは、伝説のゲーム『GREED ISLAND』。
気がついたときには両親はいなく、一つの物事しか話さない人間に育てられていた。
それがゲームのキャラクターで、自分の住んでいる世界がゲームの中だと知ったのは、ずいぶんと後のこと。
画一的な日々を過ごしている中、ある日、一人の男が現れてゲームの中から連れ出してくれた。
初めて乗り物に乗って、初めて違う場所に行き。
そこで、クマをもらった。
男はにこう言ったらしい。
『おまえは自由だ。どこでも好きなところへ行けばいい』
齢五歳以下だったと思われる子供を、クマと共に異国へ残し男は去っていった。
ぽつんと良く言えば解放、悪く言えば置き去りにされたは、よく判らないがとりあえず各国を放浪した。
喋ることは出来なかったが、それはクマが十二分すぎるほどに代わりを務めてくれて。
あっちへうろうろ、こっちへうろうろ。
時には犯罪に巻き込まれたり、犯罪を起こしかけたり。
波乱万丈ではあったがそれなりに順風満帆だったころ、はふと気づいた。
そういえばお礼を言っていない、と。
あの島にいたときは、周りは同じことしか話してくれない人ばかりで。
たまにいろいろ話をしてくれる人もいたけれど、そういう人はみんな忙しそうで、いつの間にかいなくなることが多かった。
寂しいという感覚も知らなくて、ただぼんやりと毎日を過ごしていて。
そんな日々から救い出し、クマを与えてくれた男の人。
クマと二人で旅をするのは楽しいことばかりじゃないけれど、それでも彼にお礼を言いたい。
はそう考えて、一生懸命考えた結果、元いた島に帰ることにした。
会えたのがあそこだったから、戻ればもう一度会えるんじゃないかな、と思って。
そうして『GREED ISLAND』を目指しだした。
「その島が実はヨークシンシティの近くにあるってことまでは突き詰めたらしいんだけど、その先は判らなかったんだって」
掻い摘んで話し、イルミは乾いた喉をコーヒーで潤す。
「で、行くあてがなくなって途方に暮れてたから、『俺と一緒にいようよ』って誘って今に至るんだけど」
「「「「「・・・・・・・・・」」」」」
シルバは沈黙した。
キキョウもゼノも、マハもミルキも沈黙した。
ミルキはどちらかといえばの身の上話よりもゲームの方が気になっていたのだが、余計な口を挟むことはしない。
とりあえず父と母が満足した後で、兄に聞けばいいのだから。
それよりも、今はどうも聞き捨てならないことを聞いてしまったような気がしてならないのだが。
「・・・・・・・・・イル」
「何?」
大きな目をきょとんとさせて、イルミは父に答える。
「・・・・・・おまえは、あの子供と一緒にいたいのか?」
「うん、いたいよ」
けろり。そんな擬音が聞こえたような気がした。
雲行きが怪しくなってきたような気がして、マハは無意味に空を見上げる。
当然のごとく、そこに広がっているのは無機質な天井だったが。
「・・・・・・・・・イル」
「だから何?」
シルバは低い声音で、どこか重苦しく息子に尋ねた。
「・・・・・・おまえは、あの子供のことが好きなのか?」
こてん
こてん
こてん
・・・・・・ぽむっ
「あぁ、そっか。うん」
何度か首を傾げた後で、イルミは納得したように手を打ち付けて言った。
それはそれは謎が解けた後の名探偵のように爽やかに。
「好きだよ。だから一緒にいたいんだね」
あーよかった、何で一緒にいたいと思うのかちょっと謎だったんだ。
まぁでも一緒にいられればそれでいいから放って置いたんだけど。
ありがと、親父。あぁすっきり。
やけに爽やかな顔で言いのけた孫に、ゼノはゾルディック家の教育をふと振り返った。
イヤアアアアアアアア、とキキョウの金切り声が、何だかやけに城に響いた。
2004年8月18日