ウボォーキンが拳をきつく握り締めて笑った。
マチは針を手に持ち、シズクは力を具現化させる。
フェイタンは目を細め、ノブナガは柄に手をかけて間合いを計る。
他の団員たちも同じように仕掛けるタイミングを窺って。
ゼノやカルト、シルバやマハも背を張り、それぞれに構えた。
緊張と沈黙が広がる夜。
クロロとイルミが、対峙する。
天使とピストル(旅団編)
闇と同じ色の長髪が風に揺れ、クロロはじっとそれを見つめた。
部屋の入り口に立っているイルミは、以前に見たときとずいぶん変わった気がする。
それは今自分の隣にいるへの執着だけではなく。
どこか、彼自身の強さが。
以前にはない何かが加わったと、クロロは判断した。
けれどそんなことは微塵も出さず、なごやかな笑顔で再会を喜ぶ。
「やぁ、イルミ。久しぶり」
「久しぶり。そしてさよなら」
「つれないな。言い訳もさせてくれないのか?」
「聞く価値もないし。は可愛いから、攫う理由なんてそれだけで十分だよ」
あっさりと言ってのけるイルミに、判ってはいながらもクロロは呆れざるをえない。
だが実際に攫った理由が彼の言うとおりだったので、特に反論はしなかった。
「それにクロロ、君を殺すことはもう確定しているから」
この言葉には、さすがに苦笑してしまったけれど。
イルミ=ゾルディックという男は、操作系の念能力者だ。
鋲を打ち込むことで自らだけでなく相手を変形させ、時には脳を操り自在に情報を引き出す。
クロロの知っている彼の能力はそれだけだが、系統としてはシャルナークに近いかもしれない。
だが、今のイルミからはそれだけではない何かを感じる。
拙いな、とクロロは心中で舌打ちした。
だけど、隣にいる。
彼女を大人しく返すだなんて、盗賊のプライドが許さない。
溜息に微かな意地を混ぜて、クロロは右手を上げた。
全身をオーラが覆い、それを凝縮させるように本が現れる。
イルミは風になびく髪をうっとうしげに肩から払った。
その一瞬の間に、両手の指は隙間なく鋲に占められる。
合わさっていただけの視線がタイミングを計るように意味を持ち、張り詰めた時が広がる。
あとは切欠だけ。
クロロとイルミの激突を合図に、団員やシルバたちも戦闘を始める。
あとは、スタートの銃声を待つばかり。
イルミの感情のない、それでいて確かに燃える視線を向けられている中で。
クロロは、左手を伸ばした。
隣にいるを、慈しむように。
―――自分のものだと主張するように。
その頬を、撫でる。
瞬間、膨れ上がった殺気が弾け飛んで引き金を引いた。
か み の て の ひ ら
クロロも、イルミも。
幻影旅団のメンバーも、マハ・ゼノ・シルバ・カルトも。
戦いに一歩踏み出したすべての者が、強制的な“絶”に晒され。
クロロの本が、シズクの掃除機が、ゼノの手に集められたオーラが。
すべてが無に消され、そして身体の動きまでもが止められた。
声を上げることも、瞬きすることすら出来ない。
それは、まるで。
神様を前にした、非力な人間たちのように。
こつん
場に似合わない可愛らしい音が、すべてを制圧した空間に響く。
続いた同じ音に、これは自分が買ってきた靴の音だとクロロは気づいた。
動かすことの出来ない視界の隅で、真紅のヘッドドレスがゆっくりと歩き出す。
銀色の髪もそれにつられるように靡いて。
頭がこの状況を推測しかけたとき、クロロは何か柔らかなものが頬に押し当てられるのを感じた。
ふわふわの、もこもこ。
まるで天使のキスのように軽やかな感触。
背伸びしていた踵を下ろし、はクマを抱え直して歩き出した。
こつん、こつんと足音が響いて。
ちょうど、10歩。
まだ固まっているイルミに抱きついて、よじよじと登る。
そして腕の中にあるいつもの定位置に座り、は嬉しそうにはにかんだ。
そしてイルミの頬に、今度はちゃんとクマではないキスを送った。
2004年6月26日