イルミ=ゾルディックは不機嫌だった。
どの程度不機嫌かというと、擦れ違う人間を一人残らず刻み殺したいくらいのレベルだった。
そうすることすらも煩わしいと感じてビルの屋上を移動する彼は、人々にとってとても親切だったのだろう。
けれど当然のことながらそんなことは知らず、イルミは不機嫌なまま月を見上げて。



「・・・・・・クロロか・・・」



呟いたのは、つい先ほど敵と決定した者の名前だった。





天使とピストル(旅団編)





少しばかり不穏な手段を用い、イルミは一時間でを攫った人間を割り出した。
そしてそれが既知の人物であったことに眉を顰めるが、そんなもので彼の気が変わるわけがない。
最初に思ったときと同じく、物騒な決定を繰り返す。
「・・・・・・殺そう」
客が一人減ってしまうけど、そんなことどうでもいいや。
イルミは客商売にあるまじきことを考えながら携帯電話を取り出した。
ワンプッシュでかけるのは、ここ一年近く帰っていないククルーマウンテンの自宅。
「もしもし、ゴトー? 親父に代わって」
家族に繋がる前に、取り次ぐ執事に用件を告げる。
本当に一言のみで、けれど少しの間を空けて望む相手が電話に出た。
「あ、親父? ・・・・・・そう? まぁいいや、久しぶり」
ずいぶん久方ぶりに声を聞いたはずなのだが、イルミがそれに気づくことはない。
彼の頭の中は、今は一つのことに占められていて。
「殺したいヤツがいるんだけど、そいつの仲間をちょっと抑えてて欲しいんだよね。・・・うん、俺が殺す間だけ」
喋りながら片手の指を折り曲げて数える。
「三人いないみたいだから・・・・・・全部で九人かな。俺が殺るヤツを除いて。・・・強さ? まぁそこそこ強いと思うよ。幻影旅団だし」
それは本当に、本当にサラリと言われたものだから。
電話口で相手はしばらく沈黙し、そして低い声で返してくる。
「・・・旅団に手を出すな? うん、それは聞いたよ。覚えてる。でも俺は殺したいんだよね、クロロを」
電波越しでも威圧感を増した相手にイルミは眉を顰め、けれど告げる。
携帯を持っていない手を軽く挙げ、そこに念を現しながら。
力に、拳を握って。
「理由? が攫われたから。俺からを奪ってくなんて信じられないよね。殺すしかないよ」
オーラが形を変える。以前は持っていなかった力に、イルミは目を細めて。
これを与えたを思い出す。
そしてまた、近くにいないことも思い出してしまって。
「・・・・・・だけど。・・・うん、女の子。前に依頼でヨークシンシティに・・・・・・」
連れていって、でもそれが無駄足に終わってしまったから、まだ一緒にいるんだけど。
放り出すことも出来たけど、でもしたくなかったから。
イルミはそう続けようとしたが、それは金切り声によって遮られた。
これもまた、久しぶりに聞く声。
「・・・・・・母さん? ? 別に恋人じゃないけど」
何を言っているのだ、と訝しい感情が言葉に浮かぶ。
けれど電話越しの言葉は止まらない。
「・・・・・・うん、は女の子だけど。・・・・・・見合い? 何でそういうことになるわけ?」
うるさくなってきた声に携帯から耳を放しかけると、今度はまた違う声が聞こえてきて。
「祖父ちゃんまで・・・・・・一体何なわけ? とにかく俺は手伝って欲しいだけなんだけど」
いい加減苛立ってきたのか、言葉尻に感情が浮かぶ。
滅多に起伏を見せないイルミの態度に驚いたのか、けれど電話越しで相手は笑って。
「・・・・・・そう、それならいいけど」
一応、という感じでかけられる声には、自信を返す。
「大丈夫。今の俺なら、クロロとも渡り合えるから」
浮かぶ力に、イルミは言葉だけで笑った。



依頼の報酬は、念能力。
の持っている力は三つ。
すべての動きを封じる“神の掌”
与えられた呪詛を除く“神の慈悲”
そして、取り除いた力を他の者に与える“神の施し”
イルミはその“神の施し”によって、新たな能力を手に入れた。
だからこそ、この力で。



必ずあの温かさを取り戻す。



とりあえず明日の朝にはこちらへ来てくれるらしい。
それだけ確認すれば十分、とイルミは電話を切った。
そしてまた、今度はメモリーから探し出してダイヤルボタンを押す。
「・・・・・・・・・あ」
気づいて声を上げたが、それよりも先に電波は相手に繋がっていた。
「もしもし、キル?」
話しかけた途端、向こうで固まった雰囲気と強張った声が聞こえてきて。
けれどそれらを無視してイルミは尋ねる。
「キル、今はゴンと一緒? ・・・・・・ふーん。一緒にいて楽しい?」
返ってくる答えは予想できた。そしてその予想に違わない答えが、思った以上にすんなりと自分の中に溶け込む。
その理由はイルミ自身にも何となく分かっていた。
「・・・・・・うん、それならいいや。じゃあゴンによろしく」
本当は少しでも戦力に呼び寄せようと思っていたのだけれど、そんな気もなくなった。
不可思議な声で伺ってくる弟に、極めつけの一言。
「あ、そうだ。一緒にいるのが嫌になるまで帰ってこなくていいから」
ピッと通話ボタンを切ったイルミは知らない。
電波の向こうで弟とその親友が、あまりの兄の変わりように目を白黒させているのを。



一緒にいたいと思うことが、どんなものか分かったから。
だからこそ、そのままでいればいいと思う。
自分だってそうしていたい。
「そのためにはまず、クロロを始末しなきゃね・・・・・・」
決意新たにイルミは呟いた。



明日には大戦が待っている。





2004年6月23日