「えええええええええええええええええええええええええ越前っ!!!!!」
なんか、朝登校したらいきなり先輩に捕まった。
つーか拉致られたし。
別に一時間目は英語だからサボったっていいけどね。寝てるだけだし。
それよりさ、何で先輩は土下座でもしそうな勢いなわけ?
あんまり騒ぐと教師に見つかって面倒なんじゃないの。
「頼む、越前っ! 私に力を貸してくれ!!」
「だから何するんスか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ちょっと沈黙した後で、先輩は「エヘッ☆」と笑った。
うわ、ヤな予感。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・私の、彼女役、やってくれませんか・・・・・・?」
「絶対ヤ!!!!!」



自分で大声出しちゃったよ・・・・・・。
俺もまだまだだね。





学園天国(星に願いを)





即行で戻ろうと思ったのに、先輩に無理やり引きとめられて俺はまだ特別教室にいた。
あーあぁ。これでもう二時間目もサボリ決定だよ。
まぁいいけどね、化学は得意科目だし。
むしろ先輩こそ心配だよ。まぁ大丈夫だと思うけどね。先輩、基本的にポイントは抑えてるから。
対人運では最悪なポイントを抑えてるけどさ。・・・・・・・・・・・同情せずにはいられないね、ホント。
でもそれとこれとは話が別。



「で? 跡部に言われてナンパした相手に、逆に付き纏われて困ってるわけ? そんなの先輩の性別バラせば済む問題じゃん」
「いや、すでに言った。でも信じてもらえなかった」
「まぁね。先輩はカッコイイし」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ありがとう・・・・・・?」
「ソレ違うし」
「・・・・・・・・・・・・うん、まぁ、ね? つーわけで『彼女』がいるからて言って、諦めてもらおうと思って」
「それでなんで俺なわけ?」
「だって桃に頼むわけいかないし。あんなゴツイのが彼女って言っても信じてもらえないし」
「不動峰の部長の妹に頼めばいいじゃん」
「そ、そそそそそそそそそれだけは勘弁して! いやちょっとマジで! 杏ちゃんに頼んだら後々何を要求されることか!!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・先輩、顔真っ青」
「女に見えるってだけなら魔王でもオッケーなんだよ! でも絶対ダメだ!! 奴にも頼めない!!!」
「それは俺もイヤ。不二先輩に頼むくらいならその女と付き合ったほうがマシ」
「でも私はそれも嫌なんだよ! だから、越前! 本当にマジで頼むっ!!」



ガバッて頭を下げた先輩。
・・・・・・・・・・・・・そりゃ、さ? 俺だって力になりたいけど。
でも女装はイヤだし。つーか絶対にイヤ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・イヤ。



・・・・・・・・・あぁでも同性に付き纏われてる先輩は、きっとたぶん、ものすごく困ってるんだろう。
なんかやけに切羽詰ったオーラとか感じるし。
その綺麗な顔の目の下、クマ出来てるっぽいし。

なんか、なんでこう先輩だけ、しなくてもいい苦労とかしなきゃいけないんだろう。

俺は思わず溜息をついた。
「・・・・・・・・・俺、絶対にスカートは履きませんよ。女言葉も絶対イヤ」
それだけ言ったら先輩はパッと顔を上げた。
あ、やっぱりクマ出来てる。もったいない。
「話したりしないから先輩が一人で説明とかしてくださいね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・いい、の?」
「イヤならいいっスよ」
「いやいやいやいやいやいや! え、マジでいいの!? 自分で言っててなんだけど女装だよ!? さすがにカツラは被ってもらうかもだよ!?」
「・・・・・・・・・それくらいなら、いいっスよ」
スカート履くより全然マシ。それにカツラ被れば知り合いに会っても判らないだろうし。
そう言ったら先輩はパアアアアァァァァと顔を輝かせて笑った。
あ、やっぱこの人綺麗だ。
「ありがとう越前っ! もうお礼になんでもする!! いくらでも奢るし何でもするから! あああああああぁぁぁ、マジでありがとうっ!!!」
・・・・・・・・・思いっきり、抱きつかれたし。
つーか先輩って意外と胸大きいかも。(身長差からいって顔にぶつかるんだよね)
美味しいから黙ってよっと。





とりあえず約束した次の日曜日、俺は先輩に呼ばれて家まで行った。
そうしたらものすごく若い女の人がいて、その人に人形よろしく着替えさせられた。
この人が先輩のお母さんだって言うんだから信じられないよね。
だってサイズが違うじゃん。小さいよ。でもって顔立ちも女らしくて可愛い系だし(先輩は間違いなく綺麗系)。服装もヒラヒラだし。
先輩って間違いなく父親似だね。会ったことないけど。
「越前君ってかわいい〜! 何でも似合うから困っちゃうわね!」
・・・・・・・・・そんなこと言われても嬉しくないし。
一時間近くにわたった着せ替えは、結局黒と白のギンガムチェックのブラウスとクロップドパンツ、それに赤いカーディガンを羽織らされた。
足元は黒のサンダル。でもってシルバーの腕時計とネックレスもセットされて。
頭には約束どおりカツラ。肩よりも少し長いそれを、先輩のお母さんは嬉しそうに梳かしていた。
「ホラ、出来上がり! どこからどう見ても女の子にしか見えないわ!!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・否定できないのがめちゃくちゃムカつく。
やっぱもうちょっと牛乳飲む量、増やそう。
ちゃんも着替えられた?」
「うん、一応」
「あ、ダメダメ。その服にはこっちの指輪。でもってハイ、チェーン。バックルで後ろに留めてね」
別の部屋で着替えてた先輩が現れて、お母さんに渡されたチェーンをジーパンを後ろに留める。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・なんか、もう、なんで?
何で俺はこんなに女装が似合って(!)、先輩はこんなに男装(!)が似合うわけ!?
人生って世知辛いものなんだね・・・・・・・・・。
「じゃあ行こう、越前」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・ウィース」
どうか知ってる奴に会いませんように。



街を歩いてると、俺と先輩はめちゃくちゃ注目された。
先輩を見るのはいいけどさ、俺は見ないで欲しいんだけど。ただでさえ女装してるし。
そこの男、鼻の下伸ばして見るなっつーの。気持ち悪いしムカつく。
でも先輩は向けられまくる視線にも慣れてるみたいだ。・・・・・・・・・まぁ、ナンパにつき合わされまくってるくらいだしね。
跡部や千石と一緒にいるときなんか今以上なんだろうな。うわ、気の毒。
「・・・・・・・・・越前、あれが例の子」
駅前まで着いたとき、先輩が俺の耳元で囁いた。
つーか間近で見ると本気でカッコイイんだけど。絶対にこの人、生まれてくる性別を間違えたね。
示された先を見ると、白にピンクのロゴTシャツ、薄い色のGジャン、白のミニスカート。赤いミュールとカラフルなバッグ。
まぁ、美人。パッと見では美人に見えるタイプ。
顔は完璧なメイクだし、茶色の髪は緩やかなウェーブだし。
年は18か20くらい? 奈々子さんと同じくらいかも。
その人は先輩に気づいたみたいでこっちを向いて、でもって俺にはめちゃくちゃ鋭く睨んでくれた。
うわ、怖。
歩くたびにミュールがカツカツッて音を立てて。
美形が三人揃ったことで、周囲の視線は俺たちに釘付け。
・・・・・・・・・駅前だから、人多すぎるし。



「・・・・・・・・・・その子? 彼女って」
開口一番に相手が言った。耳元の星型のピアスがキラって光る。
「―――――そうだよ」
先輩が頷く。ちょっと気まずそうに視線を逸らすあたり、演出かと思うけど絶対にそうじゃない。
そんなことがこの場面で出来る人じゃないし。
女は俺を睨みつけたから、俺も負けずと睨み返した。『彼女』の振りをして。
この人、結構気が強そう。こういうタイプは嫌いじゃないけど、でも先輩が迷惑してるなら仕方ないし。
つーか容赦しないし。
「だからゴメン。俺は君とは付き合えない」
先輩が相手を見つめて、ハッキリと言った。
『俺』っていう一人称が考えていたよりも違和感があって、自分でちょっと驚く。
やっぱり先輩は女の人なんだ。
「・・・・・・・・・ゴメン、な」
先輩が、言った。



この人は本当に、苦しそうに謝る。
・・・・・・・・・・・・・・俺、こんな先輩の顔ばっかり記憶に残ってる気がする。
本当に、いつも。



先輩が頭を下げて、女はそれを歯を食いしばって睨んだ。
俺はそんな二人を黙って見ていて。
先輩の姿に少し胸が痛んだ。
胸がキュッとして、思わず泣きそうになって。
だから反応できなかった。



女は長い爪のついた指先で先輩を乱暴に起こして、その唇に噛み付いた。



俺は、何も出来ないで目を見開くだけだった。



先輩が目を見開いて、身体を大きく強張らせたのが判った。
女を押し返そうとするけど、それでも乱暴には出来なくて腕を掴んだ綺麗な手の平。
その眉がきつく歪められて。
全部の動きがスローモーションのようにハッキリ見えて。
――――――――――泣くと、思った。
「なっ・・・・・・にやってんだよ、アンタ!!」
思いっきり女の肩を掴んで引き離した。
痛そうに顔を変えたのが見えたけど、力の加減なんかしない。―――出来ない!
それより、先輩。
、先輩!



その綺麗な手の平が口元を覆って。
目が、見えない。
先輩の口元と頬に乱れついた口紅が気持ち悪くて指が震えた。



気がつけば俺は、目の前の女を殴ってた。



平手だったからパンッという乾いた音がして、目の前の女の髪が揺れた。
先輩が顔を上げたみたいだったけど、俺はきつく女を睨んで。
周囲から向けられ続ける視線も全然気にならなかった。
コイツ、先輩を傷つけた。
――――――――――絶対、許さない!
俺はもう一度手を振り上げた。



「えちぜ――――――――――・・・・・・・・・っ!」
先輩の声が、悲鳴のように聞こえた。





ざわめきの残る駅前に、俺と先輩は立っていた。
うつむいたまま、先輩はアスファルトを見つめていて。
さっきの女はさっさと姿を消していた。俺の手が、先輩に捕まれてるうちに。
先輩が「ゴメン」ってもう一度謝って、深く深く頭を下げて。
そんな様子を見て女は涙を流して、そのまま走って去っていった。
だからなんで。
なんで先輩ばっかり。



うつむいた頬に手を伸ばした。
戸惑ったように揺れる瞳は、傷ついて苦しそうだった。
俺、先輩のこんな顔ばかり見てる。
先輩はもっと、笑った顔が似合うのに。



唇にこびり付いている口紅を拭った。こんな色、先輩には似合わない。
こんな風に傷つけられるなんて。こんな風に、傷つくなんて。
揺れる瞳は苦しむだけで、それでも決して泣かないから。
「・・・・・・・・・ゴメン、先輩」
・・・・・・俺の方が、悲しくなる。
「守れなくてゴメン。こんな近くにいたのに防げなかった。先輩が傷つくの、黙って見てるだけだった」
止めようと思えば止められる位置にいたのに。
「・・・・・・越前は十分『彼女』の振りをしてくれたよ?」
「でも、先輩は傷ついた」
フルフルと力なく首を横に振って、その際に髪が頬へとかかって。
先輩が笑う。



「・・・・・・・・・これくらい、どうってことないから」



うそつき。



引き寄せた先輩は簡単に俺の腕の中に納まった。
傍から見たら女の格好をしている俺が、男の格好をしている先輩を抱きしめるなんて変に見えるかもしれない。
でも今は。
今は俺が、先輩を抱きしめたいと思ったから。
この人を愛しいと、思ったから。



それと同時に怒りが湧いた。
先輩を傷つけるすべてのものに。



怒りを感じた。



困ったように笑う先輩はどこからどう見ても女の人にしか見えなくて。
守りたいと、強く思った。



俺の手がもっと大きければいいのにと、初めて本気で思った。





2003年7月6日