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・・・・・・・・・桃城武め。
今思い返してもフツフツと怒りが沸いてくる。
あのパンは購買でも有名な『幻のカレーパン』だったのに。
部活の先輩にサンドイッチとドーナツと部室の掃除を条件に譲ってもらったのに。
それなのにアイツ!
『ここにあったカレーパン? あ、ワリィ。食っちまった』なんてのうのうと言いやがった!!
『何かやけにうまかったな』・・・・・・・・・ですって?
うまいに決まってるだろーが! 『幻のカレーパン』だぞ!? 二週間に一度しか購買に並ばないというレア中のレア!!
それをよくも・・・・・・・・・アンパンとチョコパンとトマトのフォカッチャとカツサンドとコーヒー牛乳をおごってもらったくらいじゃ割りに合わないっつーの!
ちくしょう、楽しみにしてたのに。このためにあの腐海のような部室を掃除したってのに!
――――――許せん。
明日、血祭りに挙げてくれるわ。右ストレートに回し蹴り、上段蹴りを決めてやるわ!
予行練習のごとく思いっきり足を振り上げた。
ガチャ
ドカッ
ベシャッ
・・・・・・・・・ズルズル
・・・・・・・・・・・・・・・・・・桃よりも先に、赤の他人に必殺技を決めてしまった。
学園天国(メール友達)
・・・・・・・・・状況を整理しよう。
まず、私が足を振り上げた(上段蹴りのリハーサル)。
廊下の横にあった部屋のドアを開けて誰かが出てきた(ガチャ)。
佐東圭必殺の上段蹴りがヒーット!(ドカッ)
・・・・もとい被害者がドアとご対面(ベシャッ)。
崩れ落ちる被害者(ズルズル)。
・・・・・・・・・ヤバイ。逃げた方がいいのかな。っつーか逃げたい。
え、だって急に出てくるのが悪いんだって! たしかに誰も見てないからって廊下で上段蹴りのリハーサルしてた私も悪いけどさ!
ここは一つお互いの前方不注意ってことで流してくれないかな。
いまだドアと感動のご対面を果たした額を押さえてうずくまっている被害者。
ヤバイ。マジで逃げたい。だって学ランについてるこのカラーって三年生の証じゃん。
げ・・・・・・これで校舎裏とか呼び出し食らってこの先の学校生活が暗黒期に突入?
ちくしょーっ! 血祭りどころじゃ気が済まん! 明日半殺しの刑に処してやるからな桃城武!!
「あのー・・・・・・生きてます?」
とりあえずは生存確認から。
これで死んでたら犯罪者の仲間入りだよ、とか思ってると被害者は額を押さえながらもうなずいてくれた。
あぁよかった。これでムショには入らんですむ。
そう思って私はホッとため息をついて天井を見上げた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・見上げなけりゃよかった・・・・・・。
「・・・・・・・・・おまえは俺に何か恨みでもあるのか」
被害者の言葉にビクッと肩を揺らせて、そのあと頭が膝につくくらい深く深く頭を下げた。
「すいませんっ! すいませんすいませんすいません!! いくらでも謝りますから土下座でも何でもしますから! だからお願いですっ! どうか部費の削減だけはしないで下さいっ!!」
「・・・・・・・・・・・・」
「慰謝料でも何でも払いますから! だからお願いしますっ! 部費だけは・・・部費だけは・・・・・・っ!!」
これで部費が削られたりしたら、私―――・・・・・・。
「・・・・・・・・・鍋島部長に殺される・・・・・・」
鍋島部長。私が所属する部活の部長。
・・・・・・・・・私のせいで部費が削られたって知ったらきっとめちゃくちゃ怒る。
怒るだけならまだヨシ。でも間違いなく働いてその分稼いでこいって言われる。
でもって精神攻撃を毎日くらって、きっとパシリとかもやらされて・・・。
いつもは面倒見がいいくせにこういうときだけは嫌な人ぶりを発揮するんだ、あの人は!
あぁもう・・・何で私は生徒会室の前で上段蹴りのリハーサルなんかしてたんだろう。
でもって何で生徒会の会長っぽい貫禄の人が丁度いいタイミングで出てきちゃったんだろう。
こんなことなら海よりも銀河よりも寛大な心でさっさと桃を許しておけばよかった。
まさか・・・・・・まさかお上に手を(足を)あげてしまうだなんて!
「・・・部長に『お上にたてつくんじゃねーぞ』ってしつこく言われてたのに・・・。本っ当にすみません! お上に上段蹴りを食らわせたかったわけじゃ決してないんです! マジで信じてくださいっ!!」
あぁぁぁぁ・・・・・・ため息ついてるよ、お上が。額を押さえていた手で眉間を押さえてるよ。
「その言い方・・・・・・・・・管弦楽部か」
コクコクコクコク。一人赤べこのように首を縦に振る。
「・・・・・・・・・鍋島か・・・」
・・・・・・・・・どこか疲れたように仰るお上。何かうちの部長が失礼でもしたのでしょうか。
『お上』というのは鍋島部長用語で『生徒会』のこと。
中等部を仕切っている=部活の活動費を握っている権力者の集まり。つまりは部費の削減・停止処分も思いのまま・・・。
管弦楽部、本日廃部決定。・・・・・・・・・ごめん、みんな。
「・・・・・・仕事に私情を挟む気はない」
・・・・・・・・・・・・・・・おぉ?
「管弦楽部の部費を削減したりなどしない。いい加減に顔をあげろ」
言われたとおりソロソロと顔を上げればやけに美形な顔が見えて。
うわーこの前抱っこしたお姫様・・・・・・じゃなくて魔王・・・・・・・・・でもなくて不二先輩と同じくらいのグッドルッキングだよ。
不二先輩を美人とするなら、こっちの人は美形って言葉がピッタリかも。
これが美青年の見本ですってな感じ。でもちょっと表情が硬い。
「・・・・・・・・・ホントっすか?」
「あぁ」
「あぁぁぁぁぁぁありがとうございます! このご恩は一生忘れません! あぁ上段蹴りをかましたのが貴方様でよかった・・・!!」
「・・・・・・・・・」
「あ、紹介が遅れました。自分、2年8組所属の佐東といいます! 部活は先述のとおり管弦楽部です!」
「・・・・・・・・・3年1組、手塚だ」
「手塚様! お名前は決して忘れません! このご恩はいつか必ずお返しいたします!」
この人にだったら『幻のカレーパン』を譲ってもいい。むしろ受け取って下さいって感じ!
でも手塚様はなぜかため息をおつきになられた。眉間のシワはすでに癖になっている模様。
「・・・・・・・・・管弦楽部の部員はみんなおまえみたいなノリなのか?」
『おまえみたいな』ってとこが気になるけど、まぁいーや。
「いえ! まさかそんなこと―――・・・・・・・・・」
・・・・・・・・・ゴメンナサイ、そんな痛ましそうなものを見る目で見ないで下さい。
否定できないんです。肯定するのもどうかと思うけれど、否定は決してできないのです。
「・・・・・・・・・いや、いい。・・・悪かった」
「いえ・・・・・・こちらこそ申し訳ありません・・・」
二人してなぜだか悲しくなってしまったよ。もうこれで管弦楽部は『変な輩の集まり』というレッテルが貼られてしまった・・・。
これもすべて桃が、『幻のカレーパン』を私から奪った桃が悪いんだ。
ちくしょう。半殺しじゃ気がすまねー。八割方殺しかけてやる。でもってモスバーガーで奢らせてやる。
「本当にすみませんでした。治療費はちゃんと払いますので」
「いや、たいした怪我もしていないから気にしなくていい」
「でもぶつけどころが悪くて後遺症にでもなったりしたら大変ですし」
そう言ったら何か思うところでもあったのか、手塚様は黙ってしまわれた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・沈黙が痛いです。眉間のシワを消せなんて言いませんから、せめて何か喋って下さい。
「・・・・・・さっきは何故、上段蹴りの練習をしていたんだ?」
「あ、あれは今日、友人に『幻のカレーパン』を奪われまして。その仕返しのためにちょっとリハーサルを行っていたんです」
「友人?」
「はい、同じクラスの桃城武という奴です」
「・・・・・・・・・」
だから黙らないでくださいよ。桃なんて今はどうでもいいですから。
っつーかちょっと観察していただけだけど、手塚様は意外と面白いことが判った。
無表情で感情が出ていないように見える顔だけど、目がキョロキョロ雄弁に動いてる。あ、今ちょっと怒ってる。
「何で怒ってるんですか?」
つい聞いてしまったら手塚様は驚いたように目を見開いた。・・・・・・でもこれも変化は少しだけ。桃の15分の1くらい。
「今、怒ってませんでしたか? やっぱり蹴りをかましたのが悪かったっすか? あ、でもマジで部費の削減だけはやめてくださいっ!」
「いや・・・・・・・・・」
あ、目が横に動いた。
「ひょっとして『何で怒ってるって判ったんだ?』とか思ってます?」
「・・・・・・・・・」
「今は『コイツ俺の考えが読めるのか?』とか思ってるでしょう?」
「・・・・・・・・・」
「手塚様って結構表情に出ますね。面白いっす」
「・・・・・・・・・母親にもよくそう言われる」
「いいお母様なんですねぇ」
デパートで見つけた白のフリフリエプロンを突きつけてくるうちのママ上とは大違いだ。ま、ママ上はママ上で楽しいけど。
「・・・・・・・・・その『手塚様』っていうのは止めろ」
「え、でも手塚様は我らが管弦楽部の救世主ですし。救い主を尊ぶのは常識でしょう?」
「誰が救い主だ」
「手塚様」
「・・・・・・・・・」
「だから怒んないで下さいって。じゃあ手塚先輩ってことで一つ」
やっぱり先輩だしね。あ、手塚先輩が満足そうな顔してる。でも表情には出てない。海堂の8分の1くらい。
「残念っすね。年が同じだったら友達になれたかもしれないのに」
私が一つ年上か、手塚先輩が一つ年下か。・・・・・・・・・手塚先輩が年下っていうのは考えにくいので私が年上になるってことで。
だってこの人面白いよ。表情に出まくりだよ。子供っぽいよ!
「・・・・・・・・・別に、学年が違っても友人にはなれるだろう」
「・・・・・・・・・なってくれるんすか?」
「もう二度と蹴りをかまさないと佐東が約束するのならな」
「あーもうやりませんって。マジで。根に持たないで下さいよー」
「判っている」
「で、判ってないと思いますけれど私、女ですよ。女生徒。それでも友達になってくれるんすか?」
手塚先輩の目が見開いた。しかもさっきより大きく。・・・・・・・・・何、そんなに信じられないっつーの?
たしかにジャージ着てて髪も短い私は男にしか見えないだろうけどさー。だからってさー。
「フルネームは佐東圭。立派な2年8組の女子ですけど」
「・・・・・・・・・別に、性別が違っても友人にはなれるだろう」
「でも今困ってるでしょう。まぁ私は甲高い声で叫んだりしないんで、そこんとこは安心してて下さいな」
「・・・・・・期待している」
手塚先輩がちょっとだけ笑った。うわ、やっぱこの人は美形だよ。キラキラオーラが光ってるよ。眩しいッ!
友達になれたはいいけど学年が違うから滅多に会えないだろうってことで、とりあえずメル友から始めることにした。
これならいつでも連絡がとれるしね。
手塚先輩はメールはほとんど使わないって言うから、さっさと覚えてくれって頼んでおいた。
よしっ! 電話帳に一人追加!
さーてっと、明日は桃をどうやっていたぶってやろうかなぁ。プロレス技とか関節とか決めちゃおうかな。
ハーハーハー楽しみっ!!
<翌日>
カチカチカチ・・・
「・・・佐東・・・・・・誰にメール送ってんだー・・・?」(瀕死の桃城。すでに三途の川を途中で引き返していた)
「ん、新しく出来たメル友」
「・・・・・・佐東ってメル友多いよな」
「まーね。この人は手塚さんっていって、親切で面白くて子供っぽい人」
親切・・・。
面白い・・・?
子供っぽい・・・?
(・・・・・・ま、手塚部長じゃないだろ)
桃城武はそれだけ考えると再び三途の川へと戻っていってしまった。
2002年11月12日