ワンダーワールド・ワンダーデイズ(3)
氷帝学園中等部文芸部は、年に一度、文化祭において集大成とも言える本を出すことが決まりとなっている。造り手の才能や中身などを評価して、印刷所に発注される数はひとり当たり三十から五十冊程度。しかしは二年生のとき、文芸部歴代トップに並ぶ百冊を刷り、そしてそのすべてを完売させた経歴を持つ。特筆すべきは、買い手の七割が出版業界の、所謂「本職」の人間であったことだ。氷帝学園高等部文芸部は、獲得する賞の多さからその名を広く知られている。そして近い将来、は確実にその仲間入りを果たすであろうと、数多の編集者やプロの作家が予測しているのだ。噂では昨年の文化祭には、直木賞の審査員を務めるような大物作家が自ら足を運び、の本を購入し、そして彼女といくばくかの話をした後、握手を求めて帰っていったとすらいう。には才能がある。それは既刊八冊のうち、どれか一冊だけでも読んでみれば簡単に理解することの出来る事柄だ。
「だからって興信所はないですよねー。同じ学校に在籍してるんですから、普通に会いに来て質問すればいいだけの話じゃないですか」
「アーン? 『新聞の申し子』とも言われた花園一族がよく言うぜ。『人を介せば真実は捻じ曲がる。第三者の目で見てこそ情報は正しく伝わるのだ』ってのは、おまえの祖父の言葉だろう?」
「おやまあ、跡部グループの次期総帥に知っていただけているなんて恐悦至極。でも花園は足でニュースを集め、新聞を興した一族でもありますし? 『インターネットの普及したこの時代こそ、自ら駆け巡って真実を捕まえろ』が現社長である父の言葉なんですよねー」
だからぁ、と唇を吊り上げる花園聖子の、眼鏡の奥の瞳が光る。隙を見逃さない鋭さを持ちながら、楽しくて仕方がないといった様子を隠さず、それでいて不愉快なのだと如実に伝えられ、跡部は心中で舌打ちした。
「さんの周囲で騒音を起こされると、本当に困るんですよー。跡部様だって全く一言も喋ったことのない同級生に自分の身辺を調べられたりしたら、そりゃあ弁護士呼びたくなっても仕方ないでしょう? ほんっと困ったもんですよねー。プライバシーの侵害にも程がありません?」
部活のない放課後、跡部の行動は大概四つに分類される。生徒会長としての責務をこなすか、テニス部部長としての雑務をこなすか、あるいは跡部家跡取りとして家の仕事の手伝いをするか、もしくは一テニスプレイヤーとして己を高めるべく自主練習に励むか。時折部活の仲間たちと遊びに出かけるという五つ目の選択肢が現れることもあるが、基本的には先述の四つに分けられ、そして今日の跡部は役員任せにしていた生徒会の仕事に目を通して裁決を下すべく、自ら生徒会室を訪れていた。副会長以下、他の役員は帰宅させ、積み上げられた書類にさあ手を伸ばすか、というところでやってきたのだ。こんこん、と確かなノックを響かせて、文芸部部長、花園聖子が。
花園聖子。その名を氷帝学園内で問うたとき、反応は二通りだ。出版業界最大手、花園出版のご令嬢。そう答える者が大半の中で、確かに「文芸部部長の花園聖子」と答える輩も存在する。そして、そういった類は大抵が文化部に所属する者だった。テニス部の活動ばかりが目立つ氷帝は、確かに運動部の著名度が高い。対して文化部は合唱部が全国大会に進むくらいで、他の部活は関東大会が精々か、もしくは個人で賞を獲得する者がいるくらい。運動部と文化部を比べると、どうしても華々しさは運動部に集まりがちだ。けれど予算は運動部だけを贔屓するのではなく、すべての部活に正しく相応しく配分される。それはひとえに花園聖子の存在があった。彼女は文化部の代表として各部の功績を挙げ連ね、決して不当な減額を許さずに、予算会議で理路整然と周囲を納得させて活動するに十分な額を文化部にもたらす。花園聖子の恩恵を受けている部活は多い。だからこそ各部にそれなりの影響力を持つ彼女はいわば、文化部のリーダーとも言える存在だった。
「さんの本がテニス部で広まるのはいいんですよー。いや、忍足君が図書室から借りてばかりいるから、他の人が読めないっていう弊害が出てますけど、それももう少ししたら手を回すつもりなんで別に構わないですし。ただ、ねー? 分かりません? 好んでくれるのは、さんの本の編集を手掛ける者としてこれ以上ない喜びなんですけど、その好意が逆にさんを苦しめるとなれば話は別なんですよ。周りを飛び回る虫を叩き落すのも、編集者である者の務め? なので虫の親分に直談判に来たわけですがー」
「はっ! テニス部を虫とは言ってくれんじゃねぇか」
「テニス部ファンの女の子を雌猫とか言っちゃう跡部様に言われたくないですよねー! いやぁ、跡部様のボキャブラリーには文芸部一同いつも感心してるんですよ! 跡部様語録作ろうかって言ってるくらいに」
にこにこ、と瞳を細めて笑う聖子は、入口に一番近い席に腰掛けている。上座の跡部からは遠いし、会話をするのに決して相応しい距離ではないが、近づいてくるほどの価値もないのだと暗に示しているのだろう。知らず跡部が眉間に皺を寄せれば、聖子は逆に笑みを深めた。ふわふわと天然パーマの髪が彼女の背中で揺れ、美人や愛らしいなどと褒め称えられる美貌ではないが、それでもどこか人好きのする表情で笑い、丁寧にリップの塗られた唇を開く。
「テニス部は人気者。女の子のファンもわんさか。そんなあなた方がさんの名前を出してきゃーきゃー言い出した日には、余計な注目を集めることになってしまうさんが気の毒じゃないですかー。ただ好きなように好きなお話を書いているだけなのに、その執筆にまで影響が出たらどう責任取ってくれるんです? 才能はデリケートなものなんですよ?」
「それが本音か。花園出版の者として、いずれあいつも自社から売り出すつもりなんだろ? 今潰れさせるには惜しい才能だからな」
「いやぁ別に、私はさんがうちからデビューしなくてもいいと思ってますけど。むしろ他社に渡ったら、私もさんを追いかけてそっちに編集者として就職しますしー。放っておいてもさんはいずれ世界に見つけられる人ですから、その点の心配は全然してません」
「だったら」
「だから純粋にお願いしてるだけなんですよー。友達になるのなら良いです。むしろ万歳。だけどミーハーになられたら、この花園聖子が全力を持って排除します。黄色い声援は鼓舞と不快の紙一重。それはテニス部の皆さんもご存知だと思うんですけど?」
言葉を途中で遮られるのは不愉快だ。けれどそれは主導権を握るために跡部も度々行う、相手を動かすことに長けた者にとって常識でもある手段だ。しかし実際にやられてみれば、確かに苛立たしさばかりが募る。笑みを浮かべて会話を続けるのは、常には自分であるはずなのに。跡部が音に出して舌打ちすれば、聖子の表情が愉悦を含んだ。分が悪いのは承知している。跡部は先日確かに、ポケットマネーを使ってという人物について調べさせたからだ。
「跡部様はー、さんの作品の中で何が一番好みでした?」
話題を変えられる、そこにさえ何か意図があるのだろうと思わせる性格を、花園聖子という少女はしている。ハイソサエティに属する者としての腹の探り合いと言えばそれまでだが、跡部は自身とこれほど肩を並べる同年代の存在を初めて認識していた。手塚国光のような、テニスプレイヤーへの競争心や尊敬ではない。これは商談であり取引でもある。「跡部家跡取り」として、「花園出版のご令嬢」へ、未来の展望を見据えた遣り取りだ。
「そうだな・・・。忍足じゃねぇが、『そこにいるひと』は見事だった。ありきたりの恋愛をあそこまで読ませるのは、並大抵の腕じゃ出来ないだろう」
「ありきたりだからこそ描かなくちゃいけない。さんもそう言ってましたよー。でも不思議ですねー? 私の読みが確かなら、跡部様が気に入ったのは別の本だと思うんですけど?」
「あぁん?」
「一年生の文化祭で発刊された、『ワンダーワールド・ワンダーデイズ』」
ペンを手にしていた跡部の指が、微かに揺れた。それを勝利と確信し、聖子はいっそ艶やかに笑う。
「あの本が一番、跡部様の興味を引いたんじゃないですか? それこそ、さんの周囲を嗅ぎ回ってしまうほどに」
ねぇ、違いますか? 自身で答えを得ているくせに、そう重ねて問うてくる様が憎々しくて跡部は聖子を睨み付けた。やっぱり、と笑う瞳が忌々しい。
「ワンダーワールド・ワンダーデイズ」は、その仰々しいタイトルに反した平凡な話だ。、十三歳の少女が送る日々を綴った、第三者による観察日記のような、それでいて思春期特有の瑞々しさを優しく表現したような、平凡な毎日の話である。朝、少女が起きるところから話が始まり、目覚まし時計代わりの携帯電話のアラームを止めて、液晶画面の眩しさに目を眇めながメールの着信をチェックする。そのまま一度充電器に戻してから、ようやくベッドを出て目を擦り、眠気を追い出す。パジャマのまま部屋を出て、スリッパの足音を立てながら階段をのろのろと下り、廊下で父親に会って挨拶をする。ダイニングには母親がいて、焼きたてのパンと少し冷めてしまった目玉焼きが朝食。牛乳の代わりに飲み物はオレンジジュース、それと緑茶。パンにバターとジャムを塗っている間に母親は弟を起こしに行き、忙しない、けれどどこにでもある一家の朝食の風景。食事を終えた少女は顔を洗って歯を磨き、部屋に戻って制服に着替え、七時五十分には家を出る。
登校風景、クラスメイトとの挨拶、下駄箱にローファーを納める瞬間。窓ガラスから差し込む木漏れ日を踏み、木目の床の教室に入り、席について鞄を脇にかけ、それから思い直して鞄を取り、中から友達に借りていたCDを返すべく取り出したけれど、教師が来たため慌てて机の中に仕舞い込む。授業風景や何気ない休み時間のやり取り、体育の用意や給食の配膳の手間隙。時折挟まれる、友達との会話。昨日のドラマの内容や、気になる男子の噂話。放課後は所属しているバスケットボール部に向かい、先輩に怒られたり褒められたりしながら汗を流してドリブルを繰り返す。下校時は東の空は藍色に染まっていて、やはり部活の友達と喋りながら歩き、分かれ道で手を振る。
そんな一介の少女の、いたって平凡としか言いようのない日々を描いた話が「ワンダーワールド・ワンダーデイズ」だ。繰り返される毎日に微細な違いはあれども、大まかな流れは同じ。人が生きるとは日々の繰り返しであるということをじんわりと感じさせながらも、時折垣間見られる少女期特有の潔癖さだとか、世の中の些細な理不尽を目の当たりにして感じる戸惑いや憤りだとか、覚えのある感覚に思わず笑みを誘われてしまう。懐かしい。十五歳である跡部ですらそう感じるのだから、もっと年代が上の、二十代や三十代の人間が読めば、きっと青春時代を思い返して感慨深くなるだろう。「ワンダーワールド・ワンダーデイズ」は平凡だけれど、だからこそ温かくて優しくて、人生を振り返って幸せを再確認することの出来る話だ。少女は毎日を自然に、怠惰に、それでも無意識のうちに懸命に生きている。ストーリーに起承転結はない。あえて言うなら少女の毎日は変化のないものでありながらも、二度と同じ瞬間はなく、すべてがドラマティックなのだ。だけどそれだけが「ワンダーワールド・ワンダーデイズ」の姿ではなかった。本も後半を迎えた二百四十一ページ、八行目。
「『死って、一体なんだろう。』」
聖子の意図的な舌足らずの口調が、跡部の中の少女の声と重なった。本を持つ手が震えた、あの瞬間。
「『死って、一体なんだろう。死ぬって、一体どんなだろう。痛いのかな、苦しいのかな、怖いのかな、悲しいのかな。トラックにはねられたら、一瞬で死ねるのかな。アスファルトに頭を打ったら、頭蓋骨って割れちゃうのかな。ぶつかる瞬間ってどんな感じなんだろう。ナイフが突き立てられる瞬間って、どんな感じがするんだろう。果物ナイフでいいのかな。心臓を狙ったら、骨にぶつからずに刺せるのかな。人間の身体って固いのかな。私にも、ちゃんと殺せるのかな。例えば、ううん、誰だろう。大人の男のひとでも、殺せるのかな。殺せたら、そのひとはどうなるんだろう。天国ってあるのかな。ひとを殺したら、私は地獄に行くのかな。死んだら、ひとはどうなるんだろう。身体は灰になっちゃうけど、魂があるなら、それはどこへ行くんだろう。』」
十三歳の少女と、写真でしかまだ見たことのない同級生、が重なった。馬鹿みたいに、衝撃的に、跡部の脳を揺さぶった。
「『神様がひとを創ったのなら、そのひとを殺したら、神様に反抗したってことになるのかな。神様のものを壊したら、私は神様以上になれるのかな。』」
―――本文中、決して長くはない段落を読んだ瞬間、跡部の全身が逆立った。怖気か、恐怖か、それとも気色悪さか。何気ない毎日の中で、ふいに少女の脳裏を掠めた思考。まだ大きくはない手のひらを見下ろして、ナイフを持った自分を想像する。形など分からない、存在すら不明な神に成り代わることの出来る可能性に思いを馳せて、どうなんだろう、と首を傾げる。けれどそれも階下から母親が「ご飯よー!」と呼ぶことで呆気なく中断された。はぁい、と返事を返して宿題を投げ捨て、スリッパをぱたぱたと鳴らして階段を降りていく少女の頭から先程の考えは綺麗に消え去っており、占めるのは夕食のメインディッシュ、大好きな鰤の照り焼きのことばかり。いただきます、と弟と声を揃える笑顔は純粋なもので、そこにいるのは十三歳の女の子。
けれど跡部はその姿に、神へと押し上げられる聖人か、もしくは希代の快楽殺人者の影を見た。
平凡がすぐさま異端に変わる。どこにでもいるような少女の中に、垣間見えた深淵。それはあまりに自然で、あまりに不自然で、人の持つ可能性は、未来は無限なのだと突きつけられているような気がしてならなかった。良くも悪くも人は変わる。何がきっかけとなるかは世界中の誰にも分からない。そして、隣にいる人間が何を考えているのかさえ分からないのが当たり前なのだと、その恐怖に改めて気づかされる。ぞっとした。結局最後まで少女の何気ない日常が記され、異常を感じさせるシーンはあれきり、文字にすれば十行程度の短いものだからこそ逆に強く印象に残ってしまう。読み終え、作者の意図が、おそらくそうであろうという意図が理解できたとき、跡部が感じたのは脅威に近い感情だった。得体の知れない生き物と生まれて初めて相対したような、そんな気さえした。だから、調べた。
「。生年月日や身長体重、家族構成なんかは簡単に分かったでしょう? 生い立ちだって特に変わったことはないんですよー。普通に両親のいる家庭に育って、共働きだから一緒にいる時間は少ないでしょうけど、愛情だって惜しみなく注がれて、何不自由なく今までを育って。身近な死といえば十二歳のときに父方のおじい様。ドラマみたいな特筆すべき過去なんて何にもなくて、興信所の方も困ったんじゃないですかー? 提出されたレポートは何枚でした? 本当、さんは普通の子なんですよー。もちろん私にしてみればこの世で一番可愛くて美しくって優しくって賢くって最高の親友なんですけど!」
一字一句間違わずに、「ワンダーワールド・ワンダーデイズ」の一節を諳んじてみせた聖子との関係についても、レポートには記述されていた。出会いは氷帝学園幼稚舎のとき、図書館で。方向性は違えど、どちらも文学に携る者として合間見えるには自然な場所だ。八歳のの書いていた童話に聖子が惚れ込み、それ以来ふたりの関係は続いているという。
生い立ちに不自然なところはない。どこにでもありそうな人生をは送ってきている。しかしそれも「ワンダーワールド・ワンダーデイズ」を読んだ今、跡部にとっては気持ち悪いものに感じられて仕方がなかった。おぞけるような思いで十三歳の、「ワンダーワールド・ワンダーデイズ」を書いたときのと同じ年の自分を反芻して、まるで滑稽だとさえ感じてしまった。自分が高らかに宣誓し、派手にテニス部を掌握していた一方で、誰にも知られることなくこんな話を書いている同じ年の少女がいたのだ。跡部にとってそれは、価値観をひっくり返されるような衝撃だった。
「さん、さん。さんちのさん。いたって平凡な人生を送ってきて、運動神経もテストの成績も普通、外見だって美人でも可愛くもないけど、不細工だというには失礼だと思わせる普通の容姿で、スタイルだって平均的。性格だってミーハーじゃないけど地味でおとなしいわけでもない、普通の普通の女の子」
とん、と聖子が指でテーブルを突いた音が、やけに生徒会室に響き渡る。跡部は、目を伏せる。
「そんなどこにでもいそうな女の子が、跡部様、あなたの心を揺さぶるお話を書くんですよ? ねぇ、本当に、人間って凄いと思いません?」
にっこりと眼鏡の奥の瞳を今度ばかりは柔らかく眇めて、聖子は跡部に微笑みかけた。そう、それこそが「ワンダーワールド・ワンダーデイズ」の真の姿だ。可能性の追求。張り詰めていた空気が一瞬で緩み、話は終わりだと体感する。パフォーマンスを装って聖子が大げさに両手を開いた。
「だから文芸部の部費、もうちょーっと融通してくれません? 今年の文化祭はハートカバーにチャレンジしたくて!」
「アーン? ・・・の本を、俺様に取り置きしておくなら考えてやらなくもねぇぜ?」
「あっはっはー! それは自力で頑張ってくださいなー! 認めた相手に礼儀を尽くすのはテニスも文学も一緒ですから! 頑張ってー跡部様ーきゃあ素敵ー!」
きゃらきゃらと明るく拒否を示す聖子は、結局のところ最後をこう締めくくってものために動いていることは瞭然だった。それが本人の了承を得ているのか、聖子の単独の行動なのかは分からないが。はぁ、と溜息を吐き出せばやはり軽く笑われて、忌々しく舌打ちすれば「跡部様こわぁい!」なんて黄色い声をあげられる。やりづらい奴だぜ、と花園聖子の印象を再認識しながら、跡部はに思いを馳せた。
そう、認めよう。「ワンダーワールド・ワンダーデイズ」を読んで、跡部はまだ見ぬに負けたと思ったのだ。何にかは分からない。それでも彼は初めて同年代の少女に感服し、悔しくて、だから自分の負けた理由を見つけたくて彼女の周囲を探らせた。それでも特筆すべき事柄は何も見つからなかったのだから、もう認めるしかない。は、跡部の有していない才能を持つ者なのだ。
「・・・・・・あいつを潰したら、ただじゃおかねぇからな」
覚えとけ、という言葉に花園聖子は「言われなくても」と台詞にはせず、当然の顔で頷いた。椅子の背もたれに身を預けて、まだ言葉を交わしたことすらないを思う。写真で顔を覚えて、廊下で擦れ違う際に実物をチェックした。あの一介の少女の体躯に、跡部でさえ看破出来ない可能性が詰まっているのだ。否、それはだけでなく、例えばフェンス越しに叫ぶミーハーな女子にも、地味で冴えない男子にも、この世のどんな存在にも等しく言えることなのだ。今更ながらにそれを思い出させてくれたという存在に、跡部は密かに感謝していた。人の、の、跡部景吾の可能性は、未知数なのだ。
じゃあ跡部様、さんへの慰謝料として部費アップとテニス部の行動差し押さえをよろしくー!
2010年5月9日