著者近影
放課後、文芸部の活動は週に一度のミーティングを除けばないに等しい。作家を名乗る者は期日までに話を仕上げてくれば問題ないし、編集者を志す者の仕事はその後から本領を発揮する。学期に一冊、そして文化祭に一冊、本を発刊することは義務とされているが、それ以外でもちまちまと話を書き上げる者も少なからず存在し、そしてはそのひとりだった。彼女は基本的に書きたいものを書くことをモットーとしているので、本という形にする以外でも数々の話を生み出している。しかしそれらは陽の目を見ることがなく、文芸部内で回し読みされるだけであり、部員たちの至高の娯楽と化していた。は話を書くのが好きだった。そして彼女は読者のニーズを余り踏まえない、些か性質の悪い筆者でもあった。万人受けするようなファンタジーを書く一方で、十人にひとりが受け入れれば良いような猟奇物を書くことも厭わないのである。思いついたストーリーを文字に仕立てる。それがだった。
「やっぱり鯛焼きは餡子に限るっすねー。クリームはまだしも、その他は邪道っす」
「え。聖子さん、それって焼き芋鯛焼きを食べてる私への挑戦?」
「むしろ頭から食べてるさんへの挑戦? 鯛焼きは尻尾からでしょう!」
「いや、頭からでしょう。餡のたくさん詰まった方から食べていって、最後は尻尾のカリカリの部分で口直しをするのが普通じゃない?」
「いやいやいや、頭からなんて見ていて痛々しいことこの上ないっすよ! 痛い! 鯛焼き君が泣いてるっすー」
「あぁ、ごめんね。すぐに楽にしてあげるからね」
「余計酷いっすね!」
がぶり、とが口を大きく開いてはらわたまで噛み付けば、隣で聖子がきゃらきゃらと笑う。ホームルームが終わるとすぐに教室を出てきたふたりは、そのまま駅前の小さな屋台の前で寄り道をしていた。カロリー控えめ、なんて謳い文句がどこまで真実なのか疑問を抱かせる鯛焼きを購入し、近くのベンチに座ってもこもこと食べている。と聖子の間には飲みかけのペットボトルと、自動販売機で購入した紅茶の缶が置かれていた。
「前から思ってたんですけど、さんは食べ方が意地悪いっすよー。ぴかちゅーパンは耳を千切るし、カニパンは内臓から毟るし」
「鳩サブレを粉々に砕いてから食べる聖子さんに言われたくないし。まったく、これだからお嬢様は」
「一口大にして何が悪いんすか。まぁでも銘菓ひよこの頭をもいだのは反省してます」
「あれはね・・・つぶらな瞳が泣いてたよ、間違いなく」
時折前を横切っていく同じ制服の生徒たちを見送りながら、は尻尾を、聖子は頭を食べきった。手のひらをハンカチで拭って立ち上がり、飲みきった空き缶はちゃんとゴミ箱に分類して捨てる。駅はすぐそこだが、ふたりは路線が違うので改札を通ったら別れなくてはならない。本来ならば聖子は跡部と同じく自家用車で送り迎えをしてもらって当然の家柄だったが、それは彼女たっての希望と家の教育方針もあって実現していなかった。対して一般家庭の娘であるは、普通に電車通学をしている。山手線ほど混む路線ではないのが幸いだった。
「そういやさん」
「何、聖子さん」
「明日の朝なんですけど、ちょっと手を貸してもらえないっすかね? 部室に印刷所から特殊紙の見本が届く手筈になってまして」
「あぁ、いいよ、分かった。部室に直行でいい?」
「ありがとうございまっす! さっすがさん、愛してるっすー!」
「はいはい、私も愛してますよ、聖子さん」
改札で定期を翳して、乗る電車が来たのか、じゃあまた明日ね、と手を振ってが早足で階段を駆け上っていく。翻っても見えないけれど、無粋に長いわけではないスカートの裾を、聖子は手を振り返して見送った。そして「うーん」と首を傾げると、「うん」と納得してひとり頷き、彼女も自らのホームへと向かって歩き始める。その横顔は笑みを湛えており、眼鏡の奥の瞳がきらっと光った。
さぁて、さぁて。おいでになります? テニス部さん。
2010年5月1日