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著者近影





昼休みは残り十分。それはトイレが混みだす時間であり、分かっているからこそ文芸部で昼食をとったふたりは、そのまま部室棟で用を足し、歯を磨いて、軽く身なりを整える。残り五分で本館の教室へと向かう途中、うりうりと眼鏡の女生徒―――氷帝学園中等部文芸部部長、花園聖子は隣の少女の脇腹を肘で突いた。
「またまたファンの獲得じゃないっすかー。やりますねぇ、さすがうちのエース!」
「ちょ、脇は反則・・・! いやでも忍足君ってテニス部の忍足君でしょ? 何だかなぁ・・・ちょっと複雑な感じ」
身をよじって逃げながら応えたのは、先ほど最初に電話に出た部員―――件の「そこにいるひと」を書き下ろした、久堂昭乃だ。特に目立つことのない容姿の中、黒い髪がさらさらと肩口で揺れている。ううん、と彼女は眉間に皺を寄せながら渡り廊下を歩く。
「読み手を選ぶつもりはないけど、まぁ、話を好きだって言ってもらえるのは嬉しいんだけど」
「確か忍足君の最近の趣味が、『通学時に本を読むこと』だっけ? 恋愛小説が好きとは聞いてましたけど、まさか『そこにいるひと』に反応するとはちょっと驚き」
「うん。もっと派手な話を好む人かと思ってた」
「余命半年の恋人系? いやぁ私はベタなラブロマンスとか大好き系だと思ってたっすよー。丸眼鏡だし」
「あの眼鏡、伊達って噂、本当?」
「らしいっすよ? まぁテニス部に顧客が出来たことを素直に喜んどきましょう!」
「えー・・・テニス部はファンがうるさいし、あんまりお近づきになりたくないなぁ」
「本が出たときくらいしか関わらないだろうし、別にいいんじゃないっすかー?」
「んー・・・それもそうか」
本館に入れば、教室の並びの廊下は授業直前の生徒で溢れている。ジャージで体育館へ向かう男子を窓際によって交わすと、昭乃と聖子のランチバッグがぶつかった。箸だけがかちゃかちゃと音を立てる。
「聖子さん、放課後本屋寄らない?」
「いいっすよー。ちょうど再来週の部内討論の題材も探したかったところだし。あ、跡部様と宍戸君だ」
「忍足君、いないねぇ」
「『そこにいるひと』に感動して泣きすぎて、目が腫れて授業に出れないんじゃないっすかー?」
「あはは、まさか」
軽く笑って、有名人ふたりと擦れ違う。視線が合うわけでもなし、知り合いなわけでもないからそんなものだ。教室に戻って席に着き、ランチバッグを鞄にしまって次の授業の教科書を取り出す。うーん、と肩に手を当ててぐるぐると首を回す昭乃は、聖子の言うとおり文芸部のホープだった。恋愛小説からファンタジー、歴史物から純文学まで広く手がける言わば雑食。書きたいものを書く主義の彼女は、自身の名前がテニス部で一躍広まっていることなど知る由もないのである。





そんなこんなでテニス部にファンを作ってしまった、とある文芸少女のお話。
2010年4月22日