そこにいるひと(1)
忍足侑士の日課は読書である。自宅から学園までの通学時間を、ほとんど本を読んでやり過ごすのだ。推理小説から哲学書までジャンルは問わないが、その中でも忍足が好んで読むのは恋愛小説だった。似合わないと向日に笑われて久しい。それでも忍足は恋愛小説が好きだった。テニスコートのフェンス越しに黄色い声をあげるような女子ではなく、誰かを一途に想い、幸福に結ばれ、時に切なく離れて涙するような、そんな純愛話を読むのが好きだった。
しかし忍足は中学生であり、如何に医者の息子といえども月の小遣いは高が知れていた。本は意外と値が張る。読書の早さが決して遅くない忍足にとって、通学の供とする本をすべて購入していては小遣いがいくらあっても足りやしない。故に彼は、己の通う氷帝学園の図書館を利用することを考えた。都立図書館も舌を巻く蔵書数を誇るのだ。恋愛小説なんてそれこそ腐るほどあるし、その中で気になったタイトルのものを引っ掛けてはぱらぱらと中身を物色して、文章が性に合うものだったり、あらすじに心惹かれるものなどを借りては通学時に読みふける。
ある日の昼休みも、忍足は図書館で本を借りた。タイトルは「そこにいるひと」。著者、。発行所、氷帝学園中等部文芸部。
事の発端。元凶とも言える。
2010年4月22日