最初に殴ったのはで、けれどその後で山城に殴られもした。
ジローやその場にいた生徒たちが止めてくれなかったら、きっともっと酷いことになっただろう。
切れた口端からは血が流れ出ていて、赤く腫れ上がっている。
身体だってベスト越しだったけれども痣が浮かんで。
教師は喧嘩の理由を尋ねたが、自ら暴言を吐いた山城は口篭るだけで応えなかった。
そしても決して話さなかった。
絶対に、話さなかった。
45:太陽に叛いて
「・・・・・・君、山城君ともに喧嘩した理由を話してくれないんですよ」
三年の学年主任の声が、静かな応接室に響く。
その隣に座っている二年の学年主任の視線が自分に向くのを感じて、は唇を噛んだ。
殴られた頬がその際に痛みを訴え、顔を歪めさせる。
「それで、理由が分からないと我々としてももどうしようもなく、お忙しいかと思いましたがご家族の方にご連絡をさせて頂きました」
「お忙しいところをご足労頂き、ありがとうございます」
二人の教師の言葉に、ナツメが頭を下げる。
「弟がご迷惑をおかけして申し訳ありません」
スーツ姿の兄から目を逸らして、手の平をきつく握り締める。
彷徨わせた視線の先、先輩である山城が同じように手を握りこんでいるのが見えて。
その隣、高価で派手なスーツを着込んだ女性が高潮した頬を染めていきり立つ。
「それにしても何なの! 突然殴りかかるだなんて、親御さんはどういう教育をしてらっしゃるの!?」
「まぁまぁ山城さん、落ち着いて下さい」
「うちの子が怪我したのよ! これを落ち着いてなんていられますか!」
子が子なら親も親だな、とは心の中で吐き捨てる。
親の教育が問題なら、自分こそ一体どんな教育を息子にしてきたのだが教えてもらいたいものだ。
「ですが山城さん。その場に居合わせた生徒に聞いたところ、先に君に声をかけたのは山城君の方なんですよ」
教師が言うと、女性は細い眉を思い切り顰めた。
「先日テニス部で行われたグレードで二人は対戦したようですし、そのことで話をしていたそうですけれど・・・・・・」
意味ありげに、話をふられて。
「君、君は理由もなく誰かを殴ったりはしないだろう? 訳を話してくれないかな」
「・・・・・・・・・話すことなんてありません。言葉にしたくもない」
自分がこの顔で、榊に取り入ってると言われただなんて。
そんなこと絶対に言わない。周囲にいた生徒から話を聞いたのならば、きっと学年主任たちはすでに知っているのだろう。
たとえ知らなくても言わない。言うつもりはない。
プライドの問題じゃなくて、沽券に関わるから。
誰のなんて、そんなものは決まっている。
戸惑ったような教師の雰囲気と、またしても火がついたように金切り声を上げそうな女性。
それよりも先に。
「――――――」
初めて、その名前を呼ばれて。
パンッ
頬が瞬間的に熱を持って、視界の隅に大きな手の平が映って、ようやく叩かれたのが分かった。
山城に殴られたのとは別の頬だ、なんて頭のどこかが冷静に判断して。
のろのろと顔を上げれば、凍ったように冷たい兄の姿が目に入った。
痛いわけでもない。理不尽なわけでもない。それなのに。
・・・・・・涙が、浮かびそうになってしまって。
「理由は何でも先に手を出したのはおまえだ。山城さんに謝りなさい」
「―――・・・・・・っ」
「俺はおまえを分別のつかないようなヤツに育てた覚えはない」
冷静で、突き放すようなナツメの言葉に、泣きそうになるのを必死で堪える。
七歳違うナツメは、忙しい両親に代わってずっとの一番近くにいてくれた。
口では何だかんだ言っているけれど、普通の兄に抱く以上にはナツメを信頼しているし、好きだと思っている。
だからこそ、失望なんかされたくなくて。
いろんな気持ちが渦巻いて、震えそうになる拳を、強く握った。
どうしてこんなヤツに謝らなくちゃいけないんだと思いながら。
「・・・・・・すみません・・・でした・・・」
頭を、下げた。
悔しさが溢れて、本気で泣きそうになって、だけど泣くわけにはいかなくて。
ナツメのスーツの袖をきつく握った。
皺の跡が取れなくなるくらい、縋り付いて堪えた。
榊のことまでも悪く言われて、ナツメに面倒をかけて、いろいろな人に迷惑をかけてしまった自分が情けなかった。
2005年12月12日