春休み、は遊びの約束を果たした後で実家に帰ってきた。
兄であるナツメは大学の講義がどうとかでいなく、代わりと言っては何だが珍しい人物が家にいた。
それはを驚かせ、喜ばせるには十分に足る相手で。
「お母さん!」
駆け寄ってきた娘を、の母は穏やかな笑顔で抱きしめた。





40:She see sea.





地元の名士をしていて、尚且つ社長という椅子についている忙しい父親。
その妻であるの母は、父の補佐をして共に全国を飛び回っている。
スーツの似合う姿は幼い頃からの憧れで、今もそれは変わっていない。
リビングで久しぶりの母娘の歓談に、笑顔ばかりが浮かんでくる。
「久しぶりね、。何だかもうすっかり大人びちゃって」
見つめてくる瞳は慈愛に満ちたもので、は照れくさそうに頬を染めた。
「学校はどう? 練習とか辛くない?」
「辛いけど平気。どんどん上手くなっていく自分が分かるし」
「無茶はしないのよ? 体が一番大切なんだから」
そう言って触れられる肩は、一年前よりも丸みを帯びている。
テニスプレイヤーとして男子に負けないように鍛えているとしても、はやはり女の子。
筋肉はつきにくいし、むしろ柔らかみを帯びた脂肪が少女らしさを添えていく。
同じ年頃の少女たちに比べれば目立たないけれど、確かに女性らしくなってきている娘。
だからこそ心配は尽きなくて、母は心中で溜息を漏らした。
「・・・・・・芥川君っていう子に、バレちゃったんでしょう?」
問いかければ娘はピクリと肩を震わせ、緊張に顔を強張らせる。
協力をしてもらっている氷帝の保険医から、バレた直後に話は聞いていた。
どうするべきかと夫婦で悩んだが、兄のナツメが夏休みにちゃんと諭してくれたらしい。
頼れる息子を持ったことを誇りに思うと同時に、親としての責任を取られてしまったなぁ、なんて感じて。
結局は見守ることに落ち着いたのだけれど。
「・・・・・・ジローは信頼できるよ。ちゃんと黙っててくれてるし、私が体育の着替えとかでいないときはフォローしてくれてるみたいだし」
「そのことでちゃんをからかったりしない?」
「しないよ、ジローはそんなこと」
ハッキリと言い切る目は、氷帝に入る前にはなかった強さ。
母親はそれに気づき、娘に分からないように嘆息する。



芥川慈郎という少年に限らず、の周囲にいる人物はすでに全員調べ上げてある。
もしも娘に何かあったときのために、親の職業から家庭事情、軽い弱みに至るまでほとんどのことを。
それらはすべて保険だった。
大切な娘のため。



大切なが望んだ、唯一の願いのために。



「・・・・・・困ったことがあったら、いつでも言うのよ?」
何度もそう言いはしたが、実際には頼ってこないに微かな悲しさを抱く。
強いと言えばそれまでだけれど、弱みを晒さないことと強さは違う。
だからこそ心配ばかりを重ねてしまって。
まるで少年のように短い娘の髪をすきながら、母は本音を隠して笑うしかなかった。





2005年6月4日