朝練のためにマンションを出て学校までの道を歩く。
二月にもなると吐く息は真っ白で、突き刺すような寒さが身体を震わせる。
さすがにジャージの上にコートを羽織るのは情けないので、は制服の上下を着て登校している。
学校についたら保健室か空いている教室で着替えないと、と考えたとき、進行方向に人影があるのに気づいて。
顔を上げると、校門前に女生徒が一人立っているのが見えた。
温かそうなコートだけれど、スカートからのぞく足が寒そうだな、なんては考えて通り過ぎようとしたとき。
「・・・・・・あ、あの・・・君・・・っ!」
呼び止められて振り向いた。
38:時よ止まれ
「・・・・・・今日ってバレンタインだったんだ」
がポツリと呟いたのに、前の席に座ってポッキーを食べていたジローが笑った。
「そーだよ。ひょっとして忘れてたの?」
「うん、すっかり」
「だから鞄が普通のなんだ」
銜えているポッキーを上下に振ってジローが喋る。
差し出された箱から一本引き抜いて、は銜えずにポリポリと齧って食べた。
「普通のだとダメなのか?」
「ダメじゃないけど、でもチョコが入りきれてないよ?」
「・・・・・・・・・どうしよう」
「っては言うと思ったから、紙袋持ってきた」
自分の席に戻って、ごそごそと鞄を漁ってビニールコーティングされた袋を手に戻ってくる。
ニコッと笑ったジローはそれを広げて、の机の上に乗っていたプレゼントを納め始めた。
用意の良いジローと、簡単に見通されてしまう自分自身には微妙に眉をしかめて。
「・・・・・・・・・ありがとう」
「どーいたしまして」
不貞腐れたお礼に、ジローは声に出して笑った。
行く道々で向けられる視線。
それはジローと共にいるときでさえそうなのに、向日や忍足と一緒だとさらに増す。
これで宍戸や跡部なんかと会ったりしたら。
はそこまで考え、頭を振って自分の恐ろしい想像を追いやった。
氷帝テニス部員という肩書きの新たな輝かしさに溜息を吐きながら廊下を歩く。
これから部活なのだから、その前に保健室に行って着替えるために。
人の少ない特別棟に足を踏み入れたとき、は突き当りの角に見慣れない人影があるのに気づいた。
少なくとも氷帝中等部の制服ではない少年が、二人。
訝しく思いながらも、関わりを持ちたくないのでさっさと保健室へと向かった。
「――――――あ、あの!」
けれど話しかけられたのを無視するほどは自分を冷たい人間だと思っていなかったので、怪しさを内心に隠して顔を上げる。
駆け寄ってくる少年二人は、やはり先ほどの人影だった。
紺色の上下に金色のボタンと赤いクロスタイ。胸に縫い付けられている校章が自分と同じもので、は一瞬の間の後で納得した。
「あの、すみません」
話しかけてくる相手は、160センチくらいのより10センチ近く背が高い。
穏やかに整った顔に、今は焦りの表情が浮かんでいて。
「俺たち、今日中等部の説明会に来てたんですけど、それで、その」
「・・・・・・鳳、ちゃんと話せよ」
「だって日吉・・・!」
日吉と呼ばれた少年の方は、と同じくらいの身長。
中等部の説明会ということは、おそらく氷帝初等部の生徒だろう。だから校章も同じなのだろうし。
「えっと、どこに行きたいんだ?」
早く話を切り上げてジャージに着替え、部室に行かないと。
はそう考えて自分から話を切り出した。
鳳と呼ばれた少年は目を瞬き、そしてかすかな笑顔を浮かべて頭を掻く。
「・・・・・・サロンに行きたいんです。そこで部活とかの説明を聞けるらしくて」
「サロンなら、そこの宙廊下を渡ってすぐの階段を下りて、左手の昇降口から出ると正面だよ」
「すぐの階段を下りて左・・・・・・わかりました! ありがとうございます!」
「・・・・・・ありがとうございます」
ガバッと頭を下げる鳳と、姿勢よく礼をした日吉にも軽く笑って。
「どういたしまして」
来年から後輩になるだろう二人を見送った。
氷帝に入学して、もう一年。
早すぎると思いながら、は制服を着替えた。
グレーにラインの入ったジャージが、ひどく愛しい。
2005年4月24日