「じゃあ次を・・・・・・高橋、読んでみろ」
教師に指名され、生徒が立ち上がって教科書を読み上げる。
中学に入って習い始めた英語だけれど、さすが氷帝、海外旅行を軽く行く裕福な家の子供ばかりのため、スラスラとつっかえずに読み進められていく。
も教科書を開き、授業に臨んでいた。



けれどノートには英単語ではなくコートを模した絵を書き込みながら。





37:英語のノート





のテニススタイルは、あえて言うならアグレッシブベースライナーだ。
サーブは力がないから返されてしまうし、ボレーはジローのように秀でたプレイヤーを前にすると誇るのもおこがましい。
オールラウンダーには才能が足りないし、カウンターパンチャーには持久力がない。
アグレッシブベースライナーとしてもパワーが足りないが、力ではなく正確さで押していけば、はこのタイプに分類される。
(じゃあ、ラケットは変えた方がいいかもしれない。もっとボールに勢いや回転をかけられるものに)
は内心で自分のラケットを思い浮かべながら、ノートに書き込んでいく。
(ボールを打つフェース面も、もっと小さなものにするべきかな。スイートスポットは小さくなるけれど、コントロールは大丈夫だろうし)
だから小さなものにして、ラケットを少しでも軽くした方がいいかもしれない。
はそう考えて、思いつたことを全部ノートに書き付けていった。
英単語ではなくテニスの言葉だけが、真っ白なページを埋めていって。
(ラケットのフレームも、高反発フレーのものにしたらどうだろ。その方が小さな力でもよく飛ぶって聞いたことあるし)
グリップサイズは今のままでおそらく大丈夫。
想定した新しいラケットを、は赤ペンでぐるりと囲んだ。
ガットも細いものに変えよう。その方がもっとタッチを正確に出来るから、なんて考えながら。



先日のグレードで、は4勝4敗に終わった。
向日に勝った後の試合でも、榊に言われたとおり相手の体力を削っていくプレーを心がけ、その結果が勝利に繋がった。
それはにとって驚愕に近い事実だった。
体力のない自分でも、男子を相手に戦っていくことが出来る。
それは本当に嬉しいことで。泣きそうなくらい喜ぶべきことで。
実際には勝利を得た瞬間、浮かび上がってくる涙を堪えることで精一杯だった。
嬉しかったのだ。自分がまだ戦えることにが。



氷帝のテニス部員でいられることが。



赤ペンからシャープペンシルに持ち替え、は再度ノートに書き込みを始める。
教卓では教師が新たな構文について説明をしているけれど、それも耳には入ってきていなかった。
頭の中に浮かんでいるのは、先日のグレードだけで。
(そういえば・・・・・・戦術なんて、考えたことなかった)
机に肘をついて、今までの試合を思い出す。
小学生の頃は、ただサーブとレシーブを繰り返すことで勝利を得ていたし、氷帝に入ってからは男女の差を埋めるためにテクニックを磨くだけで精一杯だった。
だけどそれが、榊の一言で新たな世界を切り拓かれて。
技術は自分だけではなく、相手にも影響を及ぼせるものだと知った。
戦法によっては、いくらでも同じフィールドでの勝負に持ち込めるのだと。
初めて、気づいた。
(そういえば跡部のインサイトは敵の弱点を見抜くものだし、忍足のゲームメイクは必ず相手の先手を取っているものだよね)
思い返してみれば、実力のある面々は、ただボールを打ち返すのではなく、先を見据えてプレーをしている。
そうすればゲームの主導権を握ることが出来るのだ。



もっと上にいける。
もっと上手くなれる。
もっと、もっと。



テニスが出来る。



(そのためには戦術の組み立てを考えていかないとね。サーブは返されちゃうから、リターンを左右に振るようにして・・・・・・ドロップショットとかが綺麗に決められればいいんだけど)
カリカリと書き込んで、さらなる練習をしようと心に決める。
(スピンをかけて、相手の打ったボールが私の位置まで戻ってくるように出来ればいいけど、そんなの無理だし)
突拍子もない考えに自分で笑って、それでも一応その案もノートに書いておく。
チラッと教室に目線を走らせれば、今回のグレードでブロック2位という大健闘を果たしたジローが、机に突っ伏していつものように眠っていて。
小さく笑みを漏らし、再びノートに向き合って思いつく戦術をすべて書き込んでいく。
教師の読む英語のリーダーは、バックミュージックにもなっていなかった。





2005年4月24日