ケーキに突き立てられるフォークには、殺意に近いものが籠っている気がする。
オレンジのムースは見る間に無くなり、次いで標的となったモンブランも四口で姿を消した。
怒濤の勢いで食べ続けている様子に、忍足は口元を引きつらせながら話しかける。
「な、なぁ、同性にナンパされたかて、そないに気にすることあらへんって」
「そーそー。がそれだけ可愛いってことじゃん」
バカ向日、と呟いたのは跡部だったか宍戸だったか。
ピクッとフォークを握る手が一瞬だけ停止し、そして更なる勢いで目の前のケーキたちを制覇し始めた。
34:Merry Christmas, Honey!
香ばしく豊かな風味のシュー皮に、バニラの香りが詰まったカスタードクリーム。
芸術的なそれを三口で食べ終えたは、いくらバイキングとはいえ、シェフ泣かせの客だろう。
本来甘いものが特別得意なわけではない跡部など、すでに見ているだけで胸焼けを起こしてコーヒーだけを飲んでいる始末。
両手に皿を抱えて戻ってきたジローは、ニコニコと楽しそうに笑いながら新たな獲物をテーブルに並べた。
「、。こっちがブルーベリーのチーズケーキで、これがパリ何とかで、こっちはシブースト。この三つで全品制覇だよー」
「・・・・・・全品制覇?」
「あの30種類のケーキをか・・・・・・?」
跡部はチラリと向こうのテーブルに並んでいるバイキングのケーキたちを眺め、宍戸も頬を引きつらせてフォークを置いた。
向日と忍足は未だ食べ続けているけれど、やはりの勢いには敵わずマイペースを保っている。
紅茶を飲んで甘さを流しつつ、は新たな獲物を目の前にして溜息をついた。
チーズケーキの上に乗っているブルーベリーをフォークでツンツンと突いて。
もう一度、溜息を吐く。
今日のの服装は、ブラックのパンツに淡い色のオフタートルのセーター。
白のコートにスニーカー、そしてボーターのマフラーだ。
確かに少女がしてもおかしくない格好だが、一応全種類メンズで揃えてある。
だから大丈夫だと思ったのに。
そう考えて、はブルーベリーチーズケーキをフォークで一刀両断にした。
言い知れない不安と心配が、形を成しながら大きくなって。
自分が、だんだんと誤摩化しきれなくなるのではないかと思う。
男の振りが出来なくなるほど、女になってしまうのでは。
氷帝を卒業するまで、こうしていることが出来ないのでは。
――――――そんなの。
「よっし! これでここのバイキングは全品制覇!」
ケーキを食べ終えて、ジローが嬉しそうにそう宣言した。
うんざりとしている跡部と宍戸を放ってに向き直り、ニパッと明るい笑みを浮かべて。
「だいじょーぶ? 」
聞いてくる声は、深いもので。
向けてくれる笑顔はとても温かいものだったから。
は今日ずっと寄っていた眉間の皺を、ようやく解いた。
「・・・・・・うん。ごめん」
「そんなことないよ。俺は、が元気ならそれでいいし」
照れたように頬を擦るジローに、向日と忍足も同じように笑う。
跡部や宍戸は呆れたように、それでも悪くなさそうな顔をしていて。
は残りのケーキを食べきって、ジローと同じように席を立った。
「というわけでクリスマスバイキングツアー、次は焼き肉食べ放題にレッツゴー!」
「「「ゴー!」」」
ジローのかけ声に・向日・忍足が合いの手を打って。
残りの二人は「「げ」」と顔を引き攣らせるのだった。
2004年12月27日