部活の後、自主練を終えて部室に戻ってくると、と同じ一軍の先輩たちが丁度帰るところだった。
そのうちの一人がに気づいて、札のついた鍵をチラつかせる。
「、鍵頼むな」
「はい。お疲れ様でした」
手の平に受け取って頭を下げる。
「お疲れ。も気をつけて帰れよ」
「また明日なー」
「バイバイ」
練習熱心で礼儀正しいは、先輩方にも好ましく思われている。
笑顔でかけられる言葉に頷いて、も手を振りながら見送った。
コートを曲がって後ろ姿が見えなくなったのを確認し、部室に入って中から施錠する。
窓のブラインドを下げて着替えようかと思ったとき、開けた鞄の中で携帯電話が淡く光っているのに気がついた。
手にとってポチポチとボタンを押し、着信履歴を見てみれば。
「・・・・・・・・・お兄ちゃん?」
神奈川にいるはずの、意外な相手からのコンタクト。
30:微笑んで、手の平をすり抜ける
待ち合わせに指定されたのは、氷帝の最寄り駅から電車で六つほどのところにある総合病院だった。
施設が整い、付属の大学もあるそこは、夕方六時過ぎだというのに多くの患者や見舞い帰りの客でロビーがごった返している。
学校帰りのため制服を着ていると同じような学生の姿も多く見られた。
周囲を見回すが長身の兄を見つけることが出来ず、はむっつりと不機嫌になる。
「どこにいるのよ、お兄ちゃん・・・・・・」
夏休み以来久々に会う所為か、の言葉が自然と少女のものに戻る。
男子の制服を着こんでそう言うは、やっぱりいつもよりも少年ではなく、少女めいて見えた。
まるで女の子が、男の子の制服を着ているように。
微笑ましく思ってしまうような可愛さが、そこには存在していて。
「せっかく一緒にご飯食べれるのに・・・・・・」
口では何だかんだ言いつつも、やはり兄のことは好きなのだ。
無意識のうちにそれを言葉に表していたは、ふと見慣れたものが視界の隅を過ぎったのに気づいて振り返る。
人で混み合っているロビーの向こうに、今自分が肩にかけているのと同じようなバッグが見えて。
ラケットの入る独特なそれは、相手がテニスプレイヤーであることを示している。
そして何より、はその相手の顔に見覚えがあった。
あれは確か、先月の新人戦で。
素晴らしい実力を携え、頭角を現してきた、青学の。
「・・・手塚・・・・・・」
理知的な横顔とフレームの無い眼鏡に、は自分の呟きを確信に変えた。
黒い学ランに、確か青学の制服はそうだったはず、と思い返す。
共にいる少年もテニスバッグを抱えているから、青学のテニス部員なのだろうか。心配そうな顔で手塚に話しかけている。
何で彼らが病院に、と考えたとき、ポンと後ろから頭を叩かれた。
「何してんだ、馬鹿妹」
「お兄ちゃ―――・・・・・・」
「じゃなくて、今は馬鹿弟だったな」
ニヤリと片口を上げて笑う兄に、はムッと眉間の皺を寄せて言い返そうとしたが、それより先にナツメによって話を続けられてしまう。
「で、何見てたんだ?」
ムーッと頬を膨らませ、まだ頭の上に載っている兄の手を払った。
「・・・・・・あっち側の、学ラン。知り合いみたいだから、何でここにいるのかと思って」
「病院は病を治すとこ。今は見舞い時間も終わってるし、目的は一つに決まってるだろ」
「――――――じゃあ」
声にしたくない予想が、喉に詰まって。
ナツメが静かに言った。
「あっちは外科だな」
2004年11月6日