ラケットのグリップを握り、その感触を確かめる。
屈伸して膝を動かし、動く状態を整える。
自宅のマンションから程近いスポーツジム。
そこのテニスコートを1面借り切ることは、にとって難しいことではなかった。
実際は、親の持たせてくれている金銭のおかげだけれど。



手の中のボールを数回弾ませて。
空へと、放る。





29:SURVIVE





何度ラケットを振り下ろしても、サーブの威力が上がることはない。
むしろ回を重ねるごとに疲労が加わって、どんどんと鈍くなっていく。
「・・・・・・本当に・・・体力、ない・・・っ」
息があがるのを堪えながらは忌々しげに呟いて、再度トスアップする。
放たれたサーブは、かすかにラインより外に出てしまった。
力量不足の自分を嘲笑って、額を流れる汗を拭う。
じんわりとした焦りが、の心に巣食っていた。



新人戦で丸井ブン太のプレーを見てから、ジローは本気でボレーヤーを目指して練習し始めた。
元々ジロー自身のリストが柔らかかったおかげでプレーは自然に馴染み、日に日に目覚しい上達を遂げている。
向日は自らの小さな体をハンデに思っていたが、元来の身軽さを活かしてアクロバティックなプレーを身に着け始めた。
宙を舞い、コートを自由に飛ぶ姿は、決して誰にも真似することが出来ないだろう。
忍足は取り消されたとはいえ、元準レギュラー。そして正レギュラー昇格のチャンスも与えられた技術を持つ。
宍戸は鋭いライジングを。跡部はオールマイティな能力を。
誰もが卓越した己の武器を持っている。



じゃあ、自分は?



暗くなりかけた思考を、コントロールも何もかも気にせずに思い切りサーブを打つことで払った。
大きく深呼吸して自分自身を落ち着ける。
籠からボールをもう一つ取り出して、今度は八割の力でコーナーを狙った。
パワーはないが、正確に角を捉えたそれに、は微かな笑みを浮かべて。
ラケットを、握る。



には、柔軟なリストワークも、身軽さも、芸術的なセンスも、瞬発力も、天賦もない。
あるのは、このコントロールだけ。
本当にただ、これだけ。
確かにコントロールという武器があれば、勝ち抜いていくことは出来るだろう。
けれど、それも。



が、男だったらの話。



少女であるは、同じ年の男子に比べて格段に体力と筋力で劣っている。
だから試合も長時間続くと必ずと言っていいほど負けてしまうし、力強いサーブにはラケットを弾かれてポイントを許してしまう。
それらを防ぐには、短時間でゲームを決めるしかない。
そしてそのための武器が、にはコントロールしかなかった。
これしかないのなら、否が応でも鍛えるしかない。



だって、自分はテニスをするために氷帝に入ったのだから。



女であることは半年前に捨てたのだ。だから決して甘えたりなんかしない。
性別なんて関係無しに、諦めたりなんかしない。
どんな態勢からでも、どんなシチュエーションでも、必ずコーナーを決められるように。
不動の集中力を身につける。
目指すのは、それだけだ。



「絶対に、負けたりなんかしないんだから・・・・・・っ!」



己の決意を言葉にして、はきつくグリップを握った。
焦りと不安が打ち寄せてくる、その足音を聞きながら。





2004年10月24日