半年くらい前のことを思いだす。
長かった髪。スカートを履いて学校に通っていた日々。
放課後は女友達と遊んだりして。男子と話すのには少しの照れと緊張があって。
そんな中。



テニスを通じて親しくなった男の子が、一人いた。





28:幼馴染





ちゃん』
それは、決して呼ばれてはいけない名前だった。
としての自分を捨てて、として氷帝に入学したのだから。
知っているのは家族と関係者、そしてバレてしまったジローだけ。
それだけの、はずなのに。



目の前に立つ少年は、黄色のジャージに身を包んでいた。
それは今現在コートで対戦している相手校。
最後に会ったときより、目線が高い。
けれど柔和な微笑は何も変わっていない。
だからこそ。



嘘を突き通さなくては。



「えっと・・・・・・の知り合い?」
自分の名前を他人事のように言って、はわざとらしく曖昧な笑みを浮かべた。
耳にかかる髪の毛を、そっと手で撫で付ける。
案の定不思議がって首をかしげる相手に、続けて。
「俺は、っていって、の従兄妹なんだけど」
「・・・・・・従兄妹?」
「そう。から聞いてない?」
嘘を一つ吐くたびに、心臓がスピードを増していく。
罪悪感を覚えるよりも先に、はこの状況を乗り切りたくて必死だった。
少年は、戸惑ったように、けれど微笑を浮かべて名乗る。
「そうなんだ。俺は幸村精市。ちゃんとは小学校が一緒だったんだ」
知ってる、と言いかけて、けれど決して言ってはいけなくて、はただ頷いた。
は今アメリカに留学してるよ。連絡先とか教えようか?」
「・・・・・・ううん、元気でいるならそれで」
「そっか」
君は、氷帝?」
ジャージを指差され、は再度髪を撫でながら首を縦に振る。
幸村は穏やかに、まるで見る者を安心させるような表情で言った。
「いつか対戦できるといいね」
あまりにも柔らかな笑みに居心地が悪くなって、は視線を逸らす。
そのときちょうど、視界の隅にこちらへと駆けて来る存在が目に入った。
!」
「・・・・・・ジロー」
「何やってんのー? もう試合終わっちゃったよ。結局シングルス2で堀先輩が負けて、跡部まで回んなかった」
「・・・・・・そっか」
試合の結果に悔しがるよりも、ジローが来てくれたことに安堵を感じて。
は苦笑しながら幸村を振り返る。
「夏の大会に続いて二連敗。立海って強いな」
が話しかけたことによって、ジローもようやく幸村の存在に気がついたようだった。
足を止めて、瞬間的に目を細めて相手を見る。
「それじゃ、また今度どこかの大会で。にはよろしく伝えとくから」
「うん、ありがとう」
「行こう、ジロー」
の口から『』という名前が出たことに対して、訝しい顔をしているジローを促す。
ポン、と腕を叩き、そのままコートへ戻るために駆け出して。
だからこそ、は知らなかった。



ちゃんのこと、よろしくね」
幸村がそう、ジローに言っていただなんて。





2004年10月10日