社会科見学が終わり、二学期の中間テストも終わり、今月末には新人戦が始まる。
跡部が率いる氷帝テニス部は、迫る大会に向けて熱を入れて練習していた。
「「「「さいしょはぐー・じゃんけんぽんっ!」」」」
出された四つの手は、パーが三つにグーが一つ。
「つーわけでに決定!」
楽しそうにそう言う向日は、じゃんけんが異常に強い。
今回は勝ちを得たジローと忍足も見せびらかすようにパーの手を振って。
負けたは不貞腐れながらもスコア表を取りに部室へと向かった。





26:カウント・ゼロ





「今入るの、止めた方がいいぜ」
正レギュラーの部室前で、は声をかけられて振り向いた。
そこには夏のグレードで準レギュラーになった宍戸が立っていて。
伸ばし始めた艶やかな黒髪を後ろで一つに結び、長さの足らない部分はそのまま下ろしている。
同じ一年だがクラスが違うのであまり話したことがない相手に、は不思議に思って聞き返した。
「止めた方がいいって、何で? 俺、スコア表取りに来たんだけど」
「中に跡部がいる」
「跡部が何? 別にそれくらい」
普通だろ、とは言おうとしたが、宍戸がそれを遮った。
右人差し指で器用にもラケットを立ててみせて。
「女も一緒だけど、それでもか?」
チラリと試すように見られたけれども、はそれ以前に言われた言葉の意味が分からなかった。
噛み砕いて、ようやく理解したころには照れや呆れよりも先に怒りが沸いて。
「・・・・・・バッカじゃねーの、アイツ」
発された声は予想以上に激しくて、宍戸が軽く目を見張る。
「好きでもないヤツと付き合って、その上部室にまで連れ込んで? バカじゃねーの、何様だよ」
口にするだけで苦味を帯びた怒りが沸いて出て、はますます渋面になる。
忍足と向日は、『跡部は告白を断るために彼女を作った』と言っていた。
宍戸は、『跡部は今、恋人と一緒に部室にいる』と言った。
この、部活の時間の最中に。
氷帝の部長たる自覚がないのか、とが思ったとき。
「・・・・・・・・・跡部もいろいろあんだよ」
言い訳なのかフォローなのか、宍戸が呟く。
「部活の最中に彼女を部室に連れ込むのが?」
「ちげーよ、そっちじゃない。『好きでもないヤツと付き合う』って方」
立てていたラケットを指先で宙に放って、落下するグリップをパンッと掴む。
「跡部は顔も成績も家柄もいいから、寄ってくる女が絶えねーんだよ」
「だからって、好きでもないヤツと付き合うのか? そんなの嫌だろ」
「向こうが『私のことが好きじゃなくてもいいから』って言ってきてもか?」
「そんなの―――・・・・・・」
言葉に詰まって、は宍戸の視線から逃げるように俯いた。
「・・・・・・悲しすぎるだろ」
感情の一方通行なんて、と呟く。
宍戸はそんなを見下ろしながら、結んでいる自分の髪を軽く撫で付け、溜息を一つ漏らし。



「何か、それって女っぽい考え方だな」



男なら普通オイシイとか思って付き合っちまうと思うけど。
宍戸がそう続けた言葉は、の耳に入ってこなかった。
何も聞くことも出来ず、言うことも出来ずに、ただ冷水を浴びせられたかのように全身を硬直させて。
驚愕に震える。



浮き彫りになった、差。





2004年9月10日