笑って。
怒って。
泣いて。
生きて。



――――――生きて。





24:the day after tomorrow





小波のようなどよめきがコートに広がった。
フェンスのドアを押して入ってきた人物に、部員たち全員の視線が向けられる。
驚く者、訝しむ者、敵視する者、安堵の声を漏らす者。
数々の感情が向けられる中で、忍足はまっすぐに榊の元へと歩み寄った。
夏だというのに一糸乱さぬスーツ姿の前で、頭を下げて。
「今まで無断欠席してすみませんでした」
夏休みから、跡部との試合からこっち、自らの非を詫びる。
榊はそんな忍足をいつもと変わらない冷静な眼差しで見据えた。
「一つだけ聞く。やる気があるのか、ないのか」
「―――あります」
「ならばいいだろう。だが無断で休んだ罰として、準レギュラー昇格は取り消す。もう一度一軍からやり直せ」
「―――はい!」
短い叱責に深く頭を下げて、己の罰を受け入れた。
榊が去っていった後に顔を上げた忍足は、クラス落ちしたというのに、どこか吹っ切れた様だった。



「よぉ、二日ぶりやな」
フィールドにあるハードコートではなく、校舎裏にあるクレイコートに来て、忍足は片手を上げながら笑って挨拶した。
「二日ぶりじゃねーよ! 何だよ、その顔!」
「ん? コレか」
向日に示されて初めて気づいたかのように、忍足は自らの頬を指差す。
整った顔立ちの中でハッキリと目立っている青痣。
ところどころ紫に染まっているそれは、見ているだけでもかなり痛そうな代物で。
「あぁ、コレは親父に殴られたんや」
サラッと答えられて、逆に向日・ジロー・が言葉を失くす。
当の忍足はいたって平気そうにラケットを手から腕へと持ち替えた。
「『外で女作るな』っちゅうたら、『ガキが何様のつもりや』言われて。売り言葉に買い言葉でガツンとな」
「・・・・・・痛くねーの?」
恐る恐る聞かれても、楽しそうに笑う。
「痛いに決まっとるやろ。せやけど俺も親父の顔、殴っといたし。オアイコや」
「うわー・・・・・・すげぇ親子ゲンカ」
「親父はコレやし、お袋は泣いとったし、ホンマ何も解決なんてしとらんけど。でも、アレやな」
一度言葉を区切って、忍足はを振り向いて笑った。



「言いたいこと言うたら、めっちゃ楽になったわ」



その笑みはとても柔らかいもので、決して空虚なものではなくて。
自身、そんな忍足の笑顔に嬉しくなって笑った。
向日とジロー、そして忍足も照れたように笑って。
「ほな、練習始めよーか」
四人で、テニスコートに立つ。



「なぁ、今日の帰りにどっかで何か食べてこーぜ!」
軽くラリーを流しながら、向日が誘う。
「忍足が戻ってきた記念にさ、忍足の奢りで、跡部も引きずって!」
「ちょお待て! 何で俺の奢りなん!?」
「俺たちにメーワクかけたからー」
には世話になったけど、自分らには何もしてへんで!?」
「じゃあ心配かけたからー」
「・・・・・・・・・」
思い当たることが無くも無いのか、忍足が黙る。
向日とジローは顔を見合わせて笑い合って、そして今度はジローがサーブを打ちながら言う。
そのボールはまっすぐにの元でバウンドし、言葉は忍足の元へ届いて。
「忍足は跡部のこと嫌いらしーけど、でも跡部って結構ヘンなヤツだよ?」
「・・・・・・何や、それ」
「だからー付き合ってみればわかるって」
パコーンと打ち返されるボールが、ラケットの面に触れて音を立てる。



「友達になってみれば、跡部と忍足のオトーサンが違う人だってこと、よくわかると思うよ?」



向日から放たれたボールに向かってラケットを振ったが、一瞬の不意を衝かれて空振りに終わる。
ポンポンポンと転がっていくボールと、ネットの向こうで笑っているジローと向日を見比べて。
忍足は困ったように、けれど嬉しそうに笑って、隣のを見た。
「・・・・・・ホンマ敵わんわ」
そう言う忍足の表情は、が彼と出会ってから半年の中で、初めて見る笑顔だった。





2004年8月29日