昔は違った。
父と母に手を引かれ、会話を交わしながら歩いた。
自分が話せば両親は温かく微笑んでくれて、だからますます饒舌になって。
明るい光の絶えない家庭だった。



だけどそれが、いつの間にか。





23:掛け違えたFate





「待たせたな、忍足!」
出て行ってから約3分後に、は息を切らせて屋上へ戻ってきた。
先ほどまでは泣きそうな顔をしていたのに、今は不敵という表現が近いような笑みを浮かべている。
初めて見るの顔に忍足は少々たじろいだが、それはすぐに掻き消された。



の後ろから現れた存在によって。



「・・・・・・跡部」
忍足の瞳が、彼自身の意思によってではなく細められる。
打って変わった剣呑な空気を物ともせず、現れた当の本人は不機嫌そうにを見やった。
「おい―――・・・・・・」
「うるさい! おまえは黙ってろ!」
「あぁ? テメェ、俺様をここまで引っ張ってきといて」
「いいから黙って立ってろ!」
キッパリと常のらしくない激しさで怒鳴られ、跡部は不本意ながらにも口を噤む。
忍足ものあまりの様子に驚いて目を丸くし、彼を見た。
高潮のあまり頬を染めて、けれど力強い眼が忍足を捕らえて。
眼差しが貫く。



「嫌なら嫌って言わなきゃいけないんだ」



まっすぐな、芯のこもった言葉が、の唇から響く。
「ムカつくならムカつくって、止めて欲しいなら止めろって、泣きたいなら泣かないと、絶対にいけないんだ」
大きくもない声が、確かな力を持って轟く。
忍足が身を強張らせ、跡部は意外そうにを見て。
「忍足がどんなに辛いのかなんて、俺には分からない。だから言わなきゃいけないんだよ」
「・・・・・・そんなん、奇麗事や」
辛うじて吐き捨てるが、はますます顔を紅く染める。
「奇麗事の何が悪いんだよ! 言わなきゃ伝わらないんだから仕方ないだろ!? それとも忍足は他人が何考えてるのか聞かなくても分かるのか!? おまえの父さんや母さんがどんな気持ちで毎日過ごしてるのか分かるのかよ!?」
「っ―――分かったみたいなこと言うな! 自分に俺の何が分かるっちゅうねん!?」
「だから分かんないって言ってるだろ! 分かんないんだから言えよ! さっさと言え!!」
カッと怒りに染まって言い返した忍足の前に、は傍観者になっていた跡部をグイッと押しやる。
怪訝そうに眉を顰めた二人を感情に任せたまま乱暴に睨んで。
「跡部は忍足の父親に似てるんだろ? だったら父親に言えない分、文句でも何でも言えよ!」
「・・・・・・おい、
「跡部は黙ってろ!!」
少年にしては高い声に怒鳴られて、やはり言葉を閉ざす。
「――――――言えよ!」
興奮に染まった顔が、怒りと悲しさを帯びていて。



真剣すぎる眼が、忍足を捕らえて放さない。
逃げるのは駄目だと暗に告げられ、思考が急速に巻き込まれていく。
目の前に突き出された跡部も。
彼を連れ出したの様子に不審を感じてついてきたらしいジローや向日も。
コンクリートの校舎も。
広がっている青い空も。
何も、かもが、白く。
・・・・・・遠ざかり。
ただ、だけが目の前にいて。



「・・・・・・悔しいなら悔しいって叫んで、泣かなきゃいけないんだよ・・・・・・っ!」



幼い頃に笑顔を向けてくれた、父と母の姿が浮かんだ。





2004年8月29日