忍足にとって、テニスは特別なものではなかった。
やジロー、向日などがそうしているように。
全身を込めて、熱く打ち込めるものではなかった。
・・・・・・だからこそ。



辞めようと思えば何時だって辞められた。





20:深く暗いトンネルの中で





「ポイント・忍足! デュース!」
ワァッと歓声が上がった。
は暑さの所為じゃなく汗ばんだ手を握り締めて、息を吐き出す。
隣では向日が手摺を掴み、コートに見入っていた。
「・・・・・・すげぇ、アイツ。あの跡部相手に」
「うん。ぜんぜん負けてない」
ジローも頷いて、ゴクリと唾を飲み込んだ。
コートの中では跡部と、そして忍足が相対している。
額から流れ落ちる汗が、この試合の激しさを物語っていた。



今回のグレートで、忍足は一軍から準レギュラーまで伸し上がった。
そして榊に指示されたのだ。
『正レギュラーと戦ってみろ』・・・・・・と。
それは挑戦権を得たということ。この試合に勝てば、忍足は正レギュラーになれるということ。
そう言われたときに、忍足は一瞬だけ表情を消してから笑った。
そして、申し出を受ける。
『それなら俺、戦いたい奴がおるんですけど』
彼の目はただ一人を捉えていた。



一年生ながらに氷帝を纏め、君臨する――――――跡部景吾を。



繰り出されるサーブはコーナーを狙ったギリギリのもの。
返されるリターンは力強く足元をえぐる。
ラケットを振りぬきながら忍足は舌打ちした。
コートの端から端まで駆けるスピードが、だんだんと落ちてきている自分を感じる。
長引かせれば不利だ。ゲームカウントは4−4。そろそろ決めなくては。
向かってくるボールを、ミスした振りして軽く打ち上げた。
ギャラリーで戸惑うような、失望するな声が上がって。
―――けれど。



スマッシュを打て。
そうすればゲームは一気にこちらへ傾く。
忍足が目を光らせて、それを待った瞬間。



鋭い痛みが、ラケットを握る手に響いた。



ラケットの転がり落ちたコートに、再度スマッシュが激しい音を立てて決まる。
誰もが息を呑んだ中で、跡部だけが笑って。
己が眉間に手を翳し、ゆっくりと口を開く。



「誰と戦ってんだよ、てめぇは」



冷笑を帯びた言葉は忍足の心を抉って。
跡部の勝利を、確実にした。





2004年6月24日