渡されたのは、銀色のメダルだった。
表彰台で与えられたのは二番目に高い位置。
拍手は送られるのではなく、送る側。
すぐ隣には目指した目標があるというのに。
それでも、は笑う。
笑う以外にどうすればいいのかなんて、分からなかったから。
18:色鮮やかな決意
実家の部屋には、写真立てが一つある。
は机の上からそれを手に取り、指でガラスの表面を撫でた。
家政婦たちがこまめに掃除してくれているのだろう。埃はかけらすらも被っていない。
写真の中には、一年前の髪の長いが映っていて。
「・・・・・・可愛くないの」
ボケッとした笑顔を浮かべている自分に、少し笑った。
情けない過去が、今、こうして力になってる。
が物心ついた頃、すでに両親は多忙で家にいることが稀だった。
七歳年上の兄であるナツメが代わりとして構い、育ててくれたけれど、それでもやはり埋まらない穴があった。
時折帰ってくる両親はのことを強く抱きしめて、大切にしてくれたけれど。
だからこそ悲しくなった。
どうして、いつも一緒にいてくれないの?
授業参観のとき、誰も来てくれなくて寂しかった。
両親に遊びに連れて行ってもらったと友達が言うとき、何も言えなくて悲しかった。
夕飯は常に空席があったし、キャッチボールやお手製のお弁当とも無縁だった。
それでも、兄のナツメが自分のことを大切にしてくれているんだって知っていたから。
家政婦も、庭師も、知っている人はみんな、に優しかったから。
だから、言えない気持ちが募って。
泣いちゃいけない。笑わなくちゃいけない。これで十分だよって顔をして。
心配なんてさせないように。頑張って。頑張って。
笑って。
―――笑って。
どうすればいいのかなんて分からなかった。
だからこそ、榊に会えたときは本当に嬉しかった。
『泣きたいならば、堪えずに泣けばいい』
気持ちを素直に出しても良いのだと。
無理して我慢なんてしなくていいのだと、教えてくれた。
人生最大の転機を与えてくれた人。
榊が、あるがままのを許してくれた。
涙が出るくらい嬉しかった。
だから、この人の下で努力をしようと決めた。
榊に認めてもらいたいと、思った。
「・・・・・・それで男装までしちゃうんだから、我ながら馬鹿というか何と言うか・・・」
もう一度写真を撫でて、は苦笑する。
この写真はが小学校の全国テニス大会で準優勝したときに撮ったものだ。
榊と出会う直前の、まだ我慢ばかりして心を殺していた自分。
情けなくて、でもちょっとだけ愛しい。
この過去がなくては榊とは出会えなかった。
「氷帝に男として行くって言ったとき、お兄ちゃんはスゴイ反対したし、お母さんもオロオロしてたし」
あんな兄と母は初めて見た、とは思い返して小さく笑う。
とても愚かな我侭を言っているという自覚はあったけれど、無駄ではないという確信がにはあった。
そしてそれを汲んでくれたのは、意外にも父親だった。
愛してはもらっているけれど、どうやって接したら良いのか判らなかった。
てっきり反対されると思っていたのに、それはなく。
『が何かしたいと言ったのは、初めてだな』
そう言って頭を撫でてくれた手は大きくて、温かくて。
笑ってくれた顔は初めて見る『父親』だった。
数々の支えを得て、は今を生きている。
らしく、のままに。
「・・・・・・頑張らなくちゃ」
それは無理じゃなくて、自分への励まし。内へではなく前を向いて進んでいこう。
は決意を新たにし、写真立てを丁寧に机に戻した。
最後にもう一度だけ、幼い日の自分を撫でて。
「頑張ろうね、一緒に」
2004年6月5日