の実家は神奈川にある。
地元では伝統のある名家で、親はそれなりに権力のある立場にいる。
一般的にいえば裕福な部類に入る家庭だろうが、自身それを意識したことはあまりなかった。
ただ今回の氷帝への入学では、本当にいろいろなコネとツテを借りてしまったけれど。
久しぶりに帰る家は何だか少し気恥ずかしい。
「・・・・・・ただいま」
少年の私服を着て、は自宅の門をくぐった。
16:ナツメ
「おやまぁ、お嬢様。お帰りなさいませ」
一番最初に駆け寄ってきてくれたのは、植木の剪定をしていた老齢の庭師だった。
久方ぶりに会う顔に、も自然と笑みを浮かべる。
「ただいま帰りました。お仕事ご苦労様です」
「いえいえ、お嬢様こそすっかり少年のようになられてしまって」
「似合います?」
「えぇ、もちろんですとも。とても可愛らしいですよ」
少年にとって『可愛らしい』というのはどうなのかな、とは思ったが、庭師の好意は嬉しかったので礼を述べた。
広い庭は夏の盛りを迎えて、濃い緑に埋め尽くされている。
池の表面は太陽の光が反射していて、いるはずの鯉の姿は見えなかった。
たった四ヶ月離れていただけなのにひどく懐かしい。
が感慨に耽っていると、庭師はそれとは逆の溜息をついて。
「あぁでも残念ですねぇ・・・。ご主人様と奥様は、急なお仕事が入ってしまわれてお出かけになられたのですよ」
「あ、そうなんですか?」
忙しい両親だから仕方がないと、納得しかけたそのとき。
「ですが、ナツメ様はご在宅でいらっしゃいますから」
庭師が続けた言葉に、頬が盛大に引き攣るのをは感じた。
会話を終えて庭師と別れた後、は出来る限り音を立てないように玄関の引き戸を開いた。
一番に目があったお手伝いさんに、慌てて『何も言わないで』とジェスチャーで訴える。
廊下を歩く際にも前と後ろに注意して、角を曲がる際には左右をこれでもかというほどにチェックして。
擦れ違うお手伝いさんたちは皆一様に不思議そうな顔をして、けれどの帰宅を喜んで迎えてくれた。
・・・・・・・・・当の本人は、それどころではなかったのだけれど。
和室が基本の日本家屋、その奥の方にの部屋はある。
後はこの渡り廊下を過ぎれば。
残り数歩。
「―――よしっ!」
鞄をしっかりと抱えて、覚悟を決めて駆け出した。
テニス部で鍛えている足で渡り廊下を走りきり、最短コースで角を曲がって。
見慣れた自室のドアを勢い良く開いて。
「おせぇよ、馬鹿」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜なっ・・・・・・!!」
告げられた言葉と、何故かの部屋の中央で、転がって漫画を読んでいる相手に。
ブチッと見事に何かが切れる音がして。
震える拳を握り締めて叫ぶ。
「何でここにいるのよバカ兄貴―――っ!」
の久しぶりの帰宅後。
早々に響いた大声に、家のお手伝いさんたちは皆そろって苦笑を漏らした。
2004年5月26日