忍足はコートをぐるりと囲んでいるチームメイトたちの輪からそっと抜け出した。
自分たちの学校名を連呼する彼らは、仲間が一人消えたことにも気づかない。
視界の隅で、ジローとが必死で応援しているのが見える。
その近くには向日の姿も。



コートでは、全国を相手に跡部がスマッシュを決めている。





14:ジュース一本分の憎悪





ボタンを短を押すと、ガタンとやけに響く音を立ててジュースが転がり落ちてきた。
少し凹んだ側面に眉を顰めてプルトップを押し上げると、爽やかな音と共に炭酸の甘い匂いが広がった。
喉を流れていく冷たさが心地いい。
「あー・・・・・・ったく、何でこんなに暑いんや」
ギラギラと紫外線を送り続ける太陽に毒づいて、忍足はユニフォームの裾をはためかせて風を送る。
浮かんでくる汗はそれでも止まるところを知らないし、太陽はますます意地の悪い日射を寄越してくる。
「勝ちでも負けでもええから、はよ終わらんかい・・・・・・」
吐き捨てるように呟いて、少しでも日差しの少ない木陰を選んで腰を下ろした。
手の中のジュースはまだ冷たい。



全国大会。
並み居る強豪を押しのけて、氷帝は順調に勝ち進んできていた。
今日勝って、そしてさらに後三つ勝てば、全国制覇という名誉が手に入る。
そのためにこんな炎天下でも必死でエールを送っているのだ。
少しでも正レギュラーに頑張って欲しいと、その思いだけで。
願いを託す。



その声援を受ける相手が、忍足は好きじゃなかった。
跡部景吾という同級生が、忍足は嫌いだった。



「あっつー・・・・・・」
幾分か涼しい木陰も、完全に暑さを遮ってくれるわけではない。
関西で生まれ育った忍足は、暑さに特別弱いというわけではないが、それでも東京の夏は別物だと思う。
自然ではない光線が、突き刺さってくるようで痛い。
高層のビルディングが、土のないアスファルトが、申し訳程度の街路樹が。
ただ、昇華しきれないストレスだけを忍足の中に残していく。
・・・・・・不快でしかない。
コートでは歓声が上がっている。



忍足は跡部のことが好きじゃなかった。
それはとても控えめな表現で、ハッキリと言えば彼は跡部のことが嫌いだった。
同じ一年の、同じテニス部員。
実力だけでなく成績も家柄も容姿も、何もかも揃っている跡部が忍足は嫌いだった。
嫉妬などではない。何故ならそれらは自分だって負けていないと思うから。
嫉妬なわけがない。
けれど跡部を見ていると苛立ちが募る。
それは、きっと。



跡部が、己に絶大な自信を持っているから。



前を向き、挑み続ける姿勢を見るたびに、忍足は言い知れない苛立ちを感じて目を逸らす。
何もかも持っている跡部。何もかも手に入れている跡部。
そしれそれを当然のような顔でひけらかし、他者を見下ろして笑う跡部。
忍足は彼が憎かった。



跡部を見るたびに込み上げてくる憎悪が、本当は誰に向けてのものなのか、知っていたから。



かすかな風に揺れていた葉の影が、他の何かによって色を濃くする。
見つかったか、と内心で舌打ちをして忍足は顔を上げた。
や向日、ジローではない。けれど見慣れている姿を視界に映して。
自分と同じ一軍所属の一年は、今目の前にいる相手しかいないから。
忍足は眩しさの所為ではなく目を細めて、無意識のうちに片口を吊り上げた。
「・・・・・・・・・何か用か?」
ぬるくなってしまったジュースとは裏腹に、吐き出す言葉は冷たい。



見下ろしてくる宍戸に向かって、忍足は意識的に笑みを浮かべた。





2004年5月11日