関東大会で、氷帝は立海に破れ準優勝に終わった。
2-1と後がないシングルス2で、跡部は見事に勝利を飾った。
強者ばかりと評判の立海大の選手を、一年の跡部が負かしたという事実は驚きを持って全国に広がる。
偵察に来る輩も以前にまして増え、さらに騒がしさに拍車をかけて。
駆け足で夏が来る。
13:夏白のスコール
「おはよー!」
ポンッと肩を叩かれては振り向いた。
明るい笑顔に、同じように笑って。
「おはよ、ジロー」
「英語の宿題やってきた? 俺、後ろの方ぜんぜん分かんなかった」
「俺がやってきたよ」
「見せて!」
「自分でヤリナサイ」
「みーせーてー!」
「ヤダ」
隣に並んで歩きながら、そんな会話を交わす。
それは本当に親友同士の他愛ない遣り取りで。
二人は楽しそうに声をあげて笑う。
ジローという協力者を得てから、はさらに快活に笑うようになった。
それはきっと今までの生活が少なからず張り詰めていたものだったから。
満面の顔で笑えるようになったの手伝いを出来たことが、とても嬉しいとジローは思う。
「そーいえばさ」
今日は朝練がないので校門から直接昇降口へと向かい、上履きに履き替える。
下駄箱の蓋を開けて、ジローはスニーカーを押し込んだ。
横目で話が聞こえる範囲に人がいないのを確認して、声を抑えて。
「・・・・・・って、プールどうするの?」
は一瞬だけ表情を固くして、ジローと同じように周囲を確かめてから更にひそめた声で答える。
「塩素アレルギーで入れないってことになってる。ちゃんと保険医の先生に書いてもらった診断書も提出したし」
「じゃあ水泳大会も出ないの?」
「もちろん。レポートで点をもらうから」
「なんだ、つまんない」
ジローの言う『つまんない』とは『と一緒にプールに入れなくてつまんない』だろう。
が少女であることを貫くための危機に対して、ジローが軽々しい発言をするはずがない。
それはジローと親しくなった数ヶ月の間には分かっていた。
「じゃー夏休みに一緒に海行こ?」
廊下を歩き出しながら、ジローは無邪気に誘う。
楽しそうな夏の予定に、けれどは苦笑するしかなくて。
「・・・・・・ごめん。夏休みは実家に帰っちゃうから」
「実家って、神奈川だっけ?」
「そう。みんなにはアメリカに帰るってことになるけど・・・・・・。林間学校とテニス部の合宿には参加するわけにはいかないし」
「あー・・・・・・」
学校生活ならまだしも、泊りがけとなると着替えどころか風呂やその他という問題が出てくる。
だからは夏休みのほとんどを両親の元で過ごすということで、その問題をクリアーするつもりだった。
「・・・・・・つまんないのー」
唇を尖らせるジローに笑う。
「ゴメン」
「つっまんないのー!」
「ゴメンって。英語の宿題見せるから許せよ」
「ヤーダー!」
最初とはまるで逆になっている会話。
が少女だと分かってもジローの態度は変わることがなかった。
それが、はすごく嬉しかった。
「おはよー」
「おはよう」
クラスメイトたちと挨拶を交わしながら教室に入る。
夏休みまで、あと少し。
2004年5月11日