関東大会を控えると、正レギュラー第一の練習になるため、それ以外の部員は結構暇を持て余す。
普段どおりに練習するものの、やはり控えてしまうようになるのだ。
正レギュラーのために場所や時間を譲り、手伝いをし、自分たちは出来る限り彼らの邪魔をしないように。
監督である榊も正レギュラーにつきっきりになるため、余計に静かになって。
解放感にも似た時間を、彼らは得る。





10:可視光線





「ぎゃー冷てっ!」
「うわバカ、こっち来んな!」
「ふざけんな! テメーらも道連れにしてやる!」
言葉とは裏腹に楽しそうな笑い声があがる。
それと共にホースから勢いよく出ている水がしぶきをあげて虹を作った。
正レギュラーと準レギュラーが練習しているハードコートではなく、校舎裏にある一・二・三軍専用のクレイコート。
練習が終わった今、そこはただの遊び場と化していた。
「くらえっ!」
どこから持ち出したのか分からないバケツが、大量の水爆弾を撒き散らす。
それを思いっきり顔に受けてしまい、忍足の眼鏡が水に濡れた。
夏を目前に控えた暑さですぐにそれは引いたけれど、びしょ濡れになった髪とジャージはそうはいかなくて。
水も滴る良い男とまではいかなくとも、良い少年である忍足は、一瞬の間の後で眼鏡を外してジャージの裾で拭う。
そしてそれをかけ直すと、唇だけで器用に笑って見せた。
目はまったく、笑ってなんかいないのに。
「ええ度胸やな、向日・・・・・・・・・」
低い声音に、水爆弾を投下した向日がビクッと肩を震わせる。
「―――っなんだよ、不可抗力だろ!」
「自分のバケツ、確かに俺を狙うてたと思うんやけどなぁ・・・・・・?」
「そこに忍足がいたのが悪いんだっ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・へぇ、っちゅうことは」
笑ったまま近くにいた部員からバケツを取り上げ。
「自分がそこにおるのが悪いんやで! こんのアホっ!」
バッシャーンという派手な音を立てて、今度は向日が頭から水を被った。
被せた張本人の忍足は濡れ鼠な向日の姿を見て満足したのか、空になったバケツを肩の上で軽く慣らす。
「堪忍なぁ。ちょうどそこに向日がおったから水がかかってしもうたん。せやけどそこにおった自分が悪いんやで?」
謝る様は言葉だけで、態度は全然悪く思っていないのが伝わってくる。
濡れた髪とジャージは向日の全身にピッタリと張り付いて、小柄な彼をさらに小柄に見せていた。
もっと言えば、貧相に。
「〜〜〜〜〜〜ふざけんなっ! バカ忍足!」
「何や、その攻撃! 甘いで!」
今度はバケツではなくホースの先を奪って向日が攻撃を仕掛ける。
忍足はそれをバケツで受けて、さらにその攻撃で溜まった水を逆に向日へと投げつける。
一進一退の、けれど紛れもない子供のやりとりが続いて。
「よっしゃ行け、向日!」
「負けんなよ忍足ー!」
同じ一年は攻防に巻き込まれ、二年生・三年生は無責任に野次を飛ばしたりして。
水が煌めいて空に光る。



「・・・・・・・・・ジロー?」
無意識のうちに零れた呟きが、静かな昇降口に響いた。
遠くから楽しそうに騒ぐ声が聞こえてくる。
そんな中、ジローはゆっくりと目を細めて柔らかく笑って。
「ダメだよ」
まるで大切なものを見るかのように、温かく、包み込むように笑って。



は女の子なんだから、行っちゃダメだよ」



ハッキリと言われた言葉に、は息を呑んだ。





2004年4月27日