ダンッという音を立てて、何かがぶつかった。
ボールが籠から落ちて床で転がる音がする。
飛ばされる罵声と、嘲るような笑い声と。
少しの間があって乱暴にドアが開け放たれる。
中から数名の三年生が出て行くのを、死角になる陰では見送った。
そして開いたドアの中へ足を踏み入れる。
「失礼します」
中には、正レギュラーになったばかりの跡部景吾がいた。
09:消え去ることなく輝き続ける
シンとした正レギュラー専用の部室に入り、はストップウォッチの入った箱を探した。
初めて入る部屋は、同じ部のものといえどランクによって差が激しく、まるで別のもののよう。
の属している二軍から見れば、正レギュラーは三つも上のクラスなのだ。
当然、人数に対する広さは比べ物にならないし、設備やロッカー、何から何まですべて格が違う。
これが氷帝テニス部正レギュラーというステータスについてくるオプションなのだ。
そしてきっと、跡部の左頬で腫れている痛みも。
広い部室に広がる沈黙が重い。
ストップウォッチが見つからない。
「・・・・・・てめぇも俺に文句でも言いたいのか?」
響いた声は、自分以外の存在が発したものだった。
跡部は先日、榊の一存によって準レギュラーから正レギュラーへと格上げされた。
グレードを行われることなく取りなたされた決定に、部員たちの間では少なくない波紋が広がっている。
一年生である跡部が、正レギュラーに。
それはありえないことではなかった。少なくとも、クラス制度が存在する氷帝においては、ありえるべきことだったのだ。
実力があれば上に昇っていける。正レギュラーになれる。
けれどそんな事実を成し遂げたことのある存在は、いまだかつて一人もいなかった。
跡部を除いて。
「・・・・・・別に」
答えた声は、我ながら引き攣っていたと思う。
けれど思っていることは事実だから。
「本多先輩よりも跡部の方が実力は上だ。俺から見てもそれくらい分かるんだから、榊監督の指名は正しいと思う」
「・・・・・・あぁ、確かてめぇは監督の崇拝者だったっけな」
「それが、何」
はストップウォッチを探していた手を止め、跡部を振り返った。
クレイコートで榊に声をかけられて泣いてしまったあの日以来、は榊に信奉していると部員たちにからかわれることが多々あった。
それは好意的な笑みを含んだものだったし、本当のことだからわざわざ否定する気もない。
だが、そのことで自分の考えを決め付けられるのは我慢できなかった。
「じゃあ何だよ。跡部は俺が何て言えば満足なんだ? 『おまえみたいな一年が正レギュラーになるなんてナマイキなんだよ』って言えばいいのか?」
先ほど部室から出てきた先輩たちと同じことを言い放つ。
跡部の顔が不愉快に歪んで、赤く腫れている左頬が痛々しく見えた。
「俺は榊監督のことを尊敬しているけれど、それだけで跡部を正レギュラーに認めたわけじゃない。おまえには実力があるから、だから納得したんだ」
「アーン? てめぇに俺の何が分かる」
「分かるわけないだろ。俺は跡部のことなんて分からない。跡部だって俺のことが分かんないだろ。そんなの当然だ」
の言い分に眉を顰めた跡部に向かって。
睨みつけて、ハッキリと言った。
あの日の彼と同じ言葉を。
「不安を抱くくらいなら辞めろよ。そんなおまえが正レギュラーに入ったところで戦力にもなりゃしない」
怒りでも決意でも、後押しするものさえあれば前に進める。
・・・・・・・・・がになったように。
「せっかくのチャンスを無駄にするなよ、バーカ!」
それだけ言い捨てて部室を走って後にした。
ストップウォッチを探しにきたはずなのに、見つからなくて同じ二軍のメンバーに迷惑をかけるかもしれない。
そうしたら「立て込んでいたみたいだから」とでも言って許してもらおう。
跡部のことで正レギュラーがゴタついていることは、もはや周知の事実だから。
さっさと試合で勝利でも何でも収めて、自分の地位を確立してしまえばいい。
跡部にはそれだけの実力があるし、彼は間違いなく今後の氷帝を担う柱なのだから。
――――――だから。
少しくらいの嫉妬は、許して欲しい。
2004年4月25日