六月に入る頃になると、地区大会が始まる。
もちろん氷帝学園はシードで、当然のように優勝を飾った。
準レギュラーとして出場した跡部はシングルス1で、けれど出番はなかったという。
そこまで回ることすらなかったのだ。
「つまんねぇな」
そう呟いた彼は、次のグレードで間違いなく正レギュラー入りするだろうと囁かれている。





08:その風は、切なさと激しさを秘めて





「勝つのは氷帝! 負けるの山吹! 勝つのは氷帝! 負けるの山吹!」
そう連呼して声援を送るのも、この一月の間でずいぶんと慣れてきたと思う。
最初は恥ずかしいとしか思えなかったこの応援も、今では自分が氷帝のテニス部員であることを示す誇りだ。
今行われている試合は都大会の決勝。山吹VS氷帝。
けれどそれも氷帝が2勝先行し、1ゲーム取られはしたが、すでにシングルス2のカウントは5−1。
氷帝が勝つのも時間の問題。
はコートに立つ選手にエールを送りつつ、半ば安心したようにリラックスしていた。
油断ではなく、自信のある安心感。これでは今日もシングルス1である跡部まで回らないだろう。
「楽勝じゃん、優勝は氷帝で決まりだな」
向日が笑うのに、も同じように笑い返した。
「去年は、関東じゃ立海に敗れて2位だったんだっけ?」
「そーそー。あそこも強いよな」
「せやけど、来年は青学が出てくるかもしれへんで?」
「「青学?」」
会話に入ってきた忍足に聞き返す。
その後ろでは、会場のベンチをベッドにしてジローが睡眠を貪っていた。
忍足は眼鏡を中指で押し上げて、片口を上げながら情報を披露する。
「今年の一年に、強いヤツが入ったらしいで。風の噂やけど」
「一年ってことは、俺らとタメ?」
「みたいやな。名前は確か・・・・・・戸塚やったか、手塚やったか」
「・・・・・・ふーん」
頷いて、は目を細めた。
強い相手がいるということは、ひどく闘争心をかきたてられる。
自分の実力はまだまだ足りないだろうけれど、それでも対戦したいと思わせられるから。
「青学はうちと違うて一年はレギュラーになれへんらしいからな。まだまだ出てけえへんみたいやけど」
「じゃあ来年が楽しみだな。その頃にはきっと俺らもレギュラーになってるだろうし!」
「お、でかいこと言うとるやん」
「テメーには負けねーぞ、忍足!」
一軍と二軍のハッキリとした差がありながらも、そう宣言する向日に忍足は楽しそうに笑った。
氷帝テニス部にいる限り、上を目指そうとしない者はいない。
だからこそ向日の姿勢は当然のことであったし、忍足はそれに応える義務もあった。
彼より上のクラスにいる者として。
も向日と同じ気持ちを抱きながら、コートを示す。
「ほら、優勝が決まるよ」
―――氷帝の勝利が。
準レギュラーの選手がスマッシュを決め、氷帝は都大会優勝を飾った。

そして、嵐が訪れる。





誰もがその言葉に耳を疑い、目の前の榊を凝視した。
小さく漏れた声がきっかけとなって波のようにさざめき広がっていく。
は目を瞬いたが、けれどそれだけだった。
当然のようにその言葉を受け止める。
「・・・・・・監督・・・今、なんて・・・・・・」
そう問いかけたのは三年生で、正レギュラーでもある先輩だっただろうか。
震えるような声を切り捨てて、榊はもう一度全員に聞こえるように言い放った。



「次の関東大会からは正レギュラーの本多を外し、準レギュラーの跡部を入れる。以上だ」



グレードがあったわけでもない。いきなりの指名。
このテニス部にとって榊の言葉は絶対であり、だからこそ納得がいかないことも確かにある。
ざわめく部員たちを他所に、榊は背を向けてコートから去っていった。
が横目で見た視線の先で、跡部はさも当然のように笑っていて。



その握られた拳がかすかに震えていたことに、は気づいてしまった。





2004年4月17日