テニス部に入部して、体力的にはかなり厳しいいけれど、どうにかついていっている。
それが嬉しすぎて忘れていたけれど、自分たちはテニスプレイヤーではなく、紛れもない学生なのだ。
だから、中間テストだってやってくる。
06:クロス・クロース
「あーもうわかんねーっ!」
向日はそう叫んで歴史の教科書を放り投げた。
それが見事に部屋の隅にあるゴミ箱にホールインワンして、ジローが目を輝かせて拍手を送る。
忍足はそんな二人の様子に、額を押さえて溜息をついた。
「向日・・・・・・教科書投げてもテストは待ってくれへんで。諦めてちゃんと勉強しぃ」
「そーは言ったってさー・・・・・・」
仰向けにクッションに崩れ落ちて、ブツブツと文句を綴る。
「英語と化学なら得意だけど、歴史とか国語とかってサイアク。暗記物ばっかだしさ」
「覚えるだけなんやから楽やろ」
「覚えらんないから難しいんですー」
向日は不貞腐れるようにそう言って、ゴロゴロと床を転がりだした。
そして同じテニス部一年、彼にとっては初等部から知り合いの名前を挙げる。
「やっぱ跡部呼んだ方が早いって」
「アイツも何かと忙しいやろ。準レギュラーやしな」
たしかに跡部景吾という人物がテニスにおいても学業においても、優秀な成績を修めていることは忍足とて知っている。
けれど、あの俺様すぎる性格はあまり得意ではないので、直接的ではなくそれを流した。
完全に集中力を途切れさせた向日を放ってジローの方を見れば、いつのまにか手の中にあったはずの教科書が雑誌に変化している。
しかも女性向けのファッション雑誌に。
「・・・・・・ジローまで何しとるん・・・・・・」
呆れ果てて忍足は肩を落とした。
向日ととジローは、同じ二軍ということもあり知り合ってから急速に親しくなっていった。
最初はに良い印象を抱いていなかったジローも、今はそんなことすら忘れたようにと仲が良くて。
この三人がつるんでいると、まるで小動物を見ているみたいだ、というのは二軍の上級生の言葉である。
そんな中にとは入学式の日以来の知り合いである忍足が加わって。
部活の後はときどき何か食べに行ったり、時には忘れた教科書や資料集を貸しあったり。
テニスというスポーツを通じて、四人はとても良い友人関係を築いていた。
一緒にいる二人が勉強を放り投げてしまったので、一人でやるのも馬鹿らしくなって忍足はかけていた眼鏡を外した。
元々度は入っていないのだが、かけていないと落ち着かない。
昔はそうでもなかったのだけれど、彼は自分の顔があまり好きではなかった。
「、遅いねー」
雑誌を読みながら言うジローは、すでにのことを名前で―――それは決して“彼女”の本名ではないけれど―――呼んでいる。
それほどまでに懐いているのだろうと思いながら、忍足は先ほどの言葉に同意した。
「せやな。ジュース買いに行っとるだけやのに、ちょお遅いな」
「道に迷ってんじゃねーの?」
「向日やないし」
軽く笑ってそう言えば、引き合いに出した相手からテーブルの下でキックをもらってしまった。
「でもってスゴイのな。一人でこんなマンションに住んでるなんてさ」
蹴りを三発食らわして満足したのか、向日がクッションに顔を埋める。
「忍足のとこは家族ごと東京に出てきたんだろ? でもは単身で出てきてさ。お手伝いさんが来てるって言ってるけど、大変そうだよな」
「以前はどこに住んでたんやろなぁ」
「アメリカだって言ってた」
パラッと、ジローのページをめくる音が響いた。
忍足と向日が言葉を噤んで、その間をぬってジローが雑誌を読みながら続ける。
部活だけでなくクラスも同じ二人は何かと話をしたりするのだろう。
けれど、そうしてもたらされた情報は少なくないインパクトを持っていて。
「アメリカに行ってたんだけど、だけ帰ってきたんだって。氷帝に入りたくて」
「・・・・・・氷帝に入りたくて」
「うん」
「なんで」
何で氷帝なんだ、と問おうとしたとき、ガチャッという鍵を外す音とドアの開く音がして。
「ただいまー」
の――――――の、声が響く。
明るい声で、リビングのドアを開けてが入ってくる。
片手にはペットボトルとお菓子の入ったビニール袋を提げて、目の前の光景に微妙に顔をしかめて。
「・・・・・・なんで勉強してないんだよ。ジローと向日、やばいんだろ?」
パッと見少女めいた顔が不機嫌そうに歪められて、向日は慌てて身体を起こした。
「ご、ごめん! 今からやるから!」
「俺は止めたんやで。せやけどこいつらが勝手に休んどるから」
「言い訳無用。忍足も同罪。というわけでジュースとお菓子は後でな」
そう言って買ってきたばかりのペットボトルを、一人暮らしとは思えない大きさの冷蔵庫へと仕舞う。
お菓子はそのままカウンターの上に置いて、リビングに戻ってきたは、まだ転がっているジローの背を踏みつけた。
「ジロー、その雑誌はユカさんのだから勝手に読むな」
「ユカさんって、お手伝いさん?」
「そう。ほら、没収」
ジタバタと手足を動かすジローの手からファッション雑誌を取り上げる。
そしてこちらをジッと見つめてくる向日と忍足を振り返って、は首をかしげた。
「何?」
彼らが口を開くよりも早く。
「ねー、トイレ借りていい?」
「ん、どうぞ」
ノロノロと立ち上がってジローがリビングを出て行く。
それを三人は三者三様の顔をして見送った。
距離だけじゃなくて、情報だけじゃなくて。
近くにいきたいと思う。
2004年4月17日