芥川慈郎は、初等部から持ち上がって進んだ氷帝学園中等部で、テニス部に入部した。
テニスは嫌いじゃなかったし、それに何より跡部という強いプレイヤーが身近にいるから楽しかった。
まだまだ彼に勝つことは出来ないけれど、対戦する度にワクワクして興奮する。
だからテニス部に入った。
最初は二軍からのスタートで跡部とは別れてしまったけれど、同じ持ち上がり組で親しい向日とは同じだし。
きっと楽しくやっていけるだろうとジローは思った。



そしてそれは、意外な形で当たることになる。





05:I want to make friends with him.





最近、その向日が練習でよく一緒に組んでいる部員がいる。
確かに自分は寝てることが多くてあんまり参加していないけれど、やはり置いてけぼりを食らっているようで少し寂しい。
そんな思いで唇を尖らせていると、当の向日よりも先に、彼と一緒にいた少年が振り返った。
黒い髪が揺れて、大きな目が自分を捕らえる。
なんか女の子みたい、とジローは思った。
彼が何かを言い、次いで向日が振り返り、二人してこちらに歩いてくる。
それをじっと見ていることが出来なくて、居心地悪そうにジローは手の中のラケットを持ち替えた。
「よ、ジロー! 今日はまじめに出てきたんだな」
向日が笑うのに、拗ねたように頬を膨らませる。
「・・・・・・俺だって、たまにはちゃんと来るし」
「グレードだけで決まるったって練習は大事なんだから、毎日ちゃんと来いよ」
「だって眠いし」
プンッとそっぽ向くと、向日は眉を顰めて、けれど仕方なさそうに肩を竦めた。
ジローが気分屋で起きているときしか活動しないのは長い付き合いで知っているから、おそらく言っても無駄だと思ったのだろう。
いつもはそれを楽でいいと思うのに、何故か今は苛立ちすら感じてしまって。
「だからさ、向日。早く打とーよ」
隣に立つ少年などいないかのように振舞って、そう言った。
いきなり出てきたヤツなんかに友達を取られたくないという子供じみた独占欲。
案の定向日は困ったような顔をして、ジローはいい気味だと思うと同時に、言い切れない申し訳なさも抱いた。
けれどそんな自分たちではなく、無視された形となった少年は明るく笑って。
「じゃあ俺は先輩に相手してもらってくるから。またな」
「「―――え」」
向日と揃って声をあげて、思わず少年の顔を見てしまってからジローは気づく。
この少年を、どこかで見たことがあると。
そういえば同じクラスかもしれない。クラスでも寝てることばかりだから、気にしたこともなかったけれど。
ひょっとしたら入学式の日にあったホームルームでの自己紹介で、テニス部に入部するって言っていたヤツかもしれない。
名前は覚えていないのだけれど、その声に覚えがあるような。
150センチに少しだけ届かないジローよりも、5センチくらい高い目線で彼は笑って。
「えっと・・・・・・ごめんな、芥川」
困ったように言うから、全部見透かされていたんだと気づいた。
同じ二軍の上級生の元へと駆けていく姿が、眩しい。



その後、何となくもやもやした気持ちを抱きながら、それでも練習をしている最中に向日がポツリと聞いてきた。
「なぁ・・・・・・ジローは、のこと嫌いか?」
いつも明るい向日からは想像出来ないような、心配そうに伺うような声で。
「俺はさ、のことイイヤツだと思うから、ジローとも仲良くなってくれたらって思うんだけど」
でもジローが嫌いだって思うなら仕方ないよな、と言って向日は寂しそうに頬をかいた。
だから、言う。
「きらいじゃないよ」
視線の先で、上級生の放つボールを必死で追いかけている少年を見つめて。
調子を合わせているのでもなく、ただ純粋に。
ごめんな、と言った彼を思ってジローは笑った。



「うん、俺ものこと好き」



だから仲良くなりたい。
・・・・・・さっきは、ごめんね。





2004年4月13日