朝は六時起き。
軽くジョギングと筋トレををしてから、シャワーを浴びる。
毎日来てくれているお手伝いさんの作った朝食を食べて、顔を洗って歯を磨いて。
自室の鏡の前で、はTシャツを脱いだ。
小学生のときよりも大きくなってきている胸の膨らみに、少しだけ顔を歪めて。
クローゼットからベージュのベストを取り出して着込む。
これは女である自分の胸を隠すために作ってもらった特注のもの。
触れた感触は男の胸と変わらない。体型を隠すためにわざわざデザイナーや科学者に頼んで。
「・・・・・・親がお金持ちでよかった・・・」
ポツンと呟いて、はベストの上からアンダーウェアとワイシャツを着込んだ。
ズボンをはいてベルトを通し、ネクタイを締めてブレザーを羽織る。
今日も一日男として。
「いってきます」
鍵を閉めて、家を出た。





04:始動





「おはよう、
「おはよ」
同じ一年生たちに挨拶を返して、はロッカーに鞄を入れて鍵を閉めた。
朝は部室に直行なので、はいつもジャージのまま登校している。
部室で着替えれば自分が女だということがバレかねない。だから放課後も自主練と称して最後まで残っているようにしていた。
「今日の二軍は素振りとランニング。その後、裏コートでラリー練習だってさ」
「そっか、じゃあ急がないと」
ラケットとタオルを手にして部室を出る。
ちょうど一軍専用の部室に向かうらしい忍足と出会って、片手を挙げて笑った。
「おはよ、忍足」
「おはよーさん、。今日も互いに頑張ろな」
「あぁ」
それだけ言って別れた。
氷帝はクラスによって部室も違えば練習メニューも練習場所もすべて違う。
ならば上がるだけだ、とは忍足を振り返らずに思った。



入学してから一ヶ月。
は男子テニス部に本入部し、クラス制度によって二軍に振り分けられていた。
先週行われたグレードでは、100人いる新入部員の中では20位前後の実力。
けれどこの氷帝テニス部で揉まれてきている上級生を含めれば、そのランキングは極端に低くなり、120位程度になる。
実際に上級生と対戦してみて、は自分の力がまだまだだということに気づいた。
全国レベルの腕前とはいえ、所詮は小学生。
それも、女子。
少なくとも一年以上氷帝テニス部で練習を積んできている上級生たちにはまだまだ敵わない。
そしてそれは、何よりもパワーの面で顕著だった。

女子である自分は、男子の力に勝つことが出来ない。

悔しさにグリップを握り締めたのを覚えている。
だけどそれでも上を目指すのだと、は決めていた。
テニスをするために氷帝へ入ったのだから。



ランニングと素振りをこなし、ラケットを手に取りコートへ入る。
表にあるハードコートは正レギュラーと準レギュラー専用なので、一軍・二軍・三軍は校舎の裏手にあるクレイコートを使うことが義務付けられている。
使うのは実力順である、学年順ではない。それこそが氷帝の強さ。
誰か相手をしてもらえないだろうか、とが周囲を見回すと、同じようにキョロキョロと周りを見ていた少年と目が合って。
この中央のクレイコートにいるのは二軍。そして感じからして一年だろう。
はそう思って声をかけた。
「あのさ、もうラリー練習に入る?」
聞けば、よりも背の小さい、もしかしたら150センチもないかもしれない少年は首を縦に振って。
「おう。一緒にやらねー?」
「いいよ。俺は、1年D組」
「俺は向日岳人、F組。よろしくな!」
パッと明るく笑った顔は、少年よりもかすかに少女めいて見えて、は驚くと同時に安心した。
こんな男子もいるなら、大丈夫かな、なんて思って。
頭の片隅で小さく思い出す。
そういえば、この向日という少年は、あの跡部の近くにいた子だ。



跡部景吾という少年は、仮入部の日に言った自信に違わず、一年生なのに初回のグレードで準レギュラー入りを果たした。
そして一軍には忍足と、宍戸亮という少年。
ついで二軍の自分たち。それが今年の一年生のランキング。



負けるわけにはいかない。
は続くラリーに、力を込めてラケットを振り抜いた。





2004年4月13日