「あぁ、。自分も来てたんやな」
テニスコートの前で声をかけられ、は振り向いた。
そこには数日前の入学式で、氷帝で一番最初に知り合いになった少年がいて。
「忍足。何か久しぶり?」
「せやな、久しぶりや。クラスが離れてしもうたんやからしゃあないけど」
「忍足はH組だっけ?」
「せや。はたしかD組やったな」
そんな他愛ない話をしながら、テニスコートへの扉をくぐる。
目の前に広がるコートに、一瞬足が竦んで。
次いで身体が熱くなるから、やっぱりそうなのだと自覚する。



自分はテニスをするために、ここへきたのだ。





03:氷帝の名の下に





「ようこそ、氷帝テニス部へ」
そう言った男子生徒はユニフォームに身を包んでいて、その貫禄から部長なのだろうと容易に想像がつく。
張りがあってよく響く声に威厳があるな、とは思った。
「これから一週間は仮入部なので、自由に練習に参加してくれていい。本入部が決まった後はすぐに試合を組んで君たちの実力を見るから、そのつもりで」
ざわっとその場に集まっていた新入生たちが騒がしくなった。
ヒソヒソという小声でのやりとりや、不安そうな言葉が交わされて。
の隣でジャージ姿の忍足が、唇を歪めて笑う。
「さすが氷帝やな。さっそく『クラス制度』のお出ましや」
皮肉気にそう言う様子は、言葉に対する不安など微塵も感じさせない。
忍足の微笑の影に彼の実力と自信を垣間見て、は思わず瞠目した。
一瞬後にはそれが柔らかく細めて自分を見下ろしてくるからこそ、なおさら。
「実力のある者はどんどん採用していく。ただし敗者は容赦なく切り捨てるから、それだけ覚えていてくれ」
告げられるのは氷帝テニス部の、強さの所以。
いまだざわめきが広がっている新入生の中で、は逸る心臓を抑えた。
「緊張しとるん?」
聞いてくる忍足に、苦笑する。



氷帝男子テニス部は『敗者切り捨て』というモットーを実践しているとして有名だった。
そしてそんなシステムを実用化しているのが、『クラス制度』というものである。
200人からなる部員を、上から順に正レギュラー・準レギュラー・一軍・二軍・三軍と実力別にクラス分けしているのだ。
人数はそれぞれ正レギュラーは7人、準レギュラーが14人、後の軍は約60名ずつ。
それらは年に三度行われる『グレード』によって、選ばれ、蹴落とされ、階級を変えていく。
軍はそれぞれリーグ戦を行い、その結果の上位12名と下位12名が入れ替わるのだ。
三軍の上位12名と、二軍の下位12名が入れ替わるように。
一軍の上位6名に入った者は準レギュラーに挑戦する機会が与えられ、それに勝てば準レギュラーに名を連ねることが出来る。
負ければもう一度一軍で鍛えなおし。
準レギュラーは同じ準レギュラー全員と試合して勝つことが出来れば、正レギュラーに挑戦する機会を得ることが出来る。
そして勝つことが出来れば、はれて氷帝正レギュラーという名誉を手にすることが出来るのだ。
ただ、氷帝は負けた者には厳しい。
下から挑まれて敗れた者は、いかに実力があれど三軍からやり直さなくてはいけない。
三軍から二軍に上がり、二軍から一軍に上がり、一軍から準レギュラーに上がり、準レギュラーから正レギュラーになる。
その屈辱に耐えられる者は少なく、一度レギュラー落ちすると部を辞めていく部員も多い。
そんな『クラス制度』が、氷帝の強さの根源だった。



「こんなことくらいで騒ぐとは高が知れてるな、おまえら」
部長である先輩がいなくなったのと同時に、高らかな声が響いた。
それは傲慢な内容を補って余りあるほどの力強い声音で。
は顔を上げ、忍足はそちらへと目をやる。
周囲の仮入部に来た一年生たちも、皆同じ方向を見ていた。
少し色素の薄い髪と泣きボクロが印象的な男子が、まるで睥睨するかのようにツンと顎を逸らしていて。
跡部だ、と誰かの小さな呟きがの耳に入った。
「氷帝のテニス部が『クラス制度』を用いてることくらい常識だろうが。それともそんなことすら知らないで入部しようってのか?」
「おい、跡部」
言い放つ男子の隣で、少し釣り目気味の少年が諌めるように名を呼んだ。
その近くで背の小さな少年はどうしようもなさそうに首を振り、その隣ではと同じクラスの芥川が眠そうに舟をこいでいる。
けれど男子―――跡部はそれすらも気にかけずに言い続けて。
「不安を抱くくらいなら辞めるんだな。そんな奴らが入ったところで戦力にもなりゃしねぇ」
ハッキリと冷たくひえた言葉に、の肩が揺れた。



不安を抱くくらいならテニス部に入るな?
それじゃあ何のために。



自分は何のために、男の格好をしてまでこの学校に入ったんだ。



「・・・・・・勝手に言ってればいい」
怒りに震えた呟きを聞き取ったのは、隣にいた忍足だけか。
それすら判断できないほど、は毒のように膨れ上がってくる悔しさを抑えることが出来なかった。
目を見開く忍足に気づくこともなく、ただ跡部だけを睨んで。
「絶対に譲らないんだから」
このテニスに懸ける思いだけは決して。



運命に導かれるかのようにして、彼らは集った。
この氷帝の名の下に。





2004年4月11日