ドクドクと音を立て続けている心臓がうるさい。
温暖化の影響で早すぎた桜が、今はカーテンのように視界を埋め尽くして散っていく。
その中で、少女は足を踏み出した。



――――――少年と、して。





01:挑戦





「はい、こちらパンフレットになります。新入生の方はホールの方へどうぞ」
渡された紙袋を手にとって、示された方向を見て確認する。
「ありがとうございます」
礼を言って軽く会釈をすると、受付をしている女生徒は、まるで可愛らしいものでも見るように目を細めて微笑んだ。
そんな相手の表情に少し照れくささを感じながらも、右手にあるホールへと向かって足を進める。
今日の入学式は中等部の敷地に隣接して立っている大学部にあるホールで行われるらしい。
はところどころに立ち新入生や保護者を案内している手伝いの生徒たちに従って、まっすぐに進む。
見えてくる建物はまるでクラシックコンサートでも開けそうなくらいの、立派な建物だった。
・・・・・・家の教育上こういうものには慣れているとはいえ、学校でこんなホールを所持していいものだろうか。
そう考えて、は思わず溜息をついた。
「なぁ」
近くで声が聞こえて思わず振り返る。
見れば結構近い位置に、自分と同じ真新しい制服に身を包んだ男子生徒が立っていた。
黒髪と、丸い眼鏡。愛想よく笑った顔が、印象的というか。
は思わず身構えるように目を細めた。
少年はそれを見て、笑みを深めて小首をかしげる。
「あぁ、堪忍な。急に声かけてもうて。見たトコ自分、親と一緒やないやろ?」
関東では聞きなれない、むしろ初めて聞く関西弁には思わず目を瞬いた。
そんな効果を分かっているのだろう、少年は笑顔のままで自分を指差す。
「俺も一人やねん。せやから一緒にホールまで行かへんかな、思うて」
「・・・・・・それなら、いいけど」
「ほんま? おおきに」
都内でも指折りの名門校である氷帝の入学式ともなれば、大抵は親がついてくる。
母親だけでなく、父親もセットだというのが珍しくもないそんな中で、確かに一人だけでいる自分は目立っていたのだろう。
はそう考え、少年の提案を受け入れた。
彼は大きな一歩で隣に並び、5センチくらい上の位置からを見下ろす。
「俺は忍足侑士や。自分、名前は?」
「あ、わた―――・・・・・・・・・」
一瞬の、間があって。
は紙袋を握り締めて、密やかに喉を鳴らす。
「俺は、。よろしく」
か、よろしゅうな。で、自分は持ち上がり組なん?」
「俺は外部組。中等部から」
流れていく会話に、内心でひどく安心して溜息をもらした。
自分は女だけど、今日からは男になるのだから。言葉遣いには注意しなくては。
今まで何度も言い聞かせてきたことを、もう一度、今度はかなり本気で説く。
考えているように振舞うのは結構難しいことなのかもしれない。地が出ないようにしなければ。
はそう思って、小さく唇を噛み締めた。
忍足と名乗った少年は、そんなの心中に気づくことなく話を続けて。
「俺も外部やで。関西から来たんや」
「あぁ、それは分かった。関西弁って初めて聞いたし」
「氷帝はテニスが強いいうから入ったんやけど、まさかこないな金持ち学校やったとはなぁ」
「―――テニス?」
耳に響いた言葉に顔を上げると、忍足も軽く目を瞬いてを見下ろす。
「何や、もしかしてもテニス部目当てでココに来たんか?」
「・・・・・・・・・そうだよ。氷帝のテニス部は強いって聞いたから」
頷いて、自分の意志を確かめる。
「ほな俺と一緒やな」
そう言って忍足は笑った。



見えてくるホール。
広大な敷地。
慣れない学校生活。
隠し通さなければならない秘密。
それらすべては、テニス部のため。



あの人の下で、テニスを学ぶため。



「同じクラスになれるとええなぁ」
笑う忍足に、も同じように笑って返した。
少女の少年としての挑戦が、今、始まる。





2004年4月10日