いつか訪れる未来の時間
十月も半ばを迎えた頃、E組では二者面談が行われた。まもなくやってくる本格的な受験シーズンを前に、志望校を決めるのである。殺せんせーと一対一。これ以上ない暗殺の機会でもあり、毎日行われる面談を生徒たちは手ぐすね引いて待ち望んでいた。学んできた技術と経験を活かし、それぞれが策を練って挑んでいく。失敗した者は落ち込むが、それだけで終わらせるかと次に続く者に情報を回していく。殺せんせーがやってきて約半年。E組の結束はとても固いものになっていた。
そして今日の放課後、三番目はの番だった。いつもは並んで授業を受けている教室に、今は殺せんせーとふたりきり。外には今日最後の面談を待っている竹林がいるはずだが、気配は遠い。
「さんの第一志望は、国立大付属高校ですね。あなたの成績なら問題なく合格できるでしょう」
「はい」
「第二志望は女子校ですか。いいですねぇ、この私立は制服がとても可愛くて有名です。偏差値も高いですし」
「家から通える範囲だと、そこが一番近くて」
「第三志望は、これまた評判の良い高校ですね。椚ヶ丘高とはタイプの違う進学校です」
先日提出した進路希望調査書と今までの成績表。それらすべてを照らし合わせて、ふむ、と殺せんせーは頷いた。にゅるにゅると触手が動く。
「さんの成績なら、どの学校を選んでも問題はないでしょう。あとは、あなたの行きたい学校を見つけるだけです」
「はい」
「まぁ、その点でも心配はしていませんが。さんはきちんと考えて、自分で決めることの出来る生徒ですからね」
黄色の、いたって普通の顔色で、殺せんせーは点にしか見えない目を僅かに細めて吊り上げる。慣れ親しんだ教室が、一瞬にして空気を変える。夕焼けと相反する空に白く浮かぶ月は三日月。
「それで、どうですか? あなたの暗殺は、きちんと決められそうですか?」
机をふたつ挟んで向かいに座る殺せんせーを、は見上げる。四月。進級と同時にE組の担任として殺せんせーがやってきてから、もう七ヶ月。その間、ずっとは考えてきた。殺せんせーの言うように、決めるためにずっと考え続けている。
「今でもまだ結論は出ません。殺せんせーは本当に、百億円の価値があるのかどうか」
微笑みながらのの言葉に、殺せんせーがにっこりと笑う。点だけで出来ている顔は簡単なことこの上ないのに、如実に表情を表してくれる。
「ずっと、ずっと考えています。殺せんせーは本当に素晴らしい先生だから。何を聞いても答えてくれるし、私たち生徒の期待にいつだって応えてくれる」
「ヌフフ、照れますねぇ」
「だからずっと考えているんです。殺せんせーには百億円の価値があるのかなって。殺せんせーがいない世界と、暗殺が成功したときにもらえる百億円と。それは本当に等価値なのかどうか。殺せんせーは素敵な先生だから。私、卒業した後もずっと殺せんせーに担任でいてほしいくらいです」
「でも、先生は来年の三月には地球を爆破する予定ですから」
「でもそれは、私が殺せんせーを暗殺する理由にはなりません。殺せんせーの死と地球の死は等価値なのかどうか。地球は殺せんせーより優先されるべきものなのか。ずっと考えているんです」
「地球が爆破されれば、さん、あなたやあなたの家族、大切な人たちが死ぬことになるんですよ?」
「殺せんせーも私の『大切な人』のひとりですよ? 殺せんせーを殺して、そして何もなかったような顔をして高校生活を満喫するなんて、それも違うと思うんです。もしかしたら私や地球の死よりも、殺せんせーが生きる方が価値のあることなのかもしれないし」
「地球に生きる六十億の人間と、数多の動物や自然よりもですか?」
「人間の価値は規模で決まるものではないでしょう? それに、死んだら死んだで別にいいかな、って。生きるのは楽しいかもしれないけれど、世界のみんなに平等に死が訪れるのなら、それもまたいいことかなって思うんです」
「あなたはそう思うかもしれませんが、死にたくないと思う人も多いでしょうねぇ」
「そうですね。でも、だからって誰かのために殺せんせーを殺すっていうのも、やっぱり違うと思うし。考えれば考えるだけ分からなくなるけど、私、頑張って答えを出します。これは殺せんせーに教えてもらうんじゃなくて、自分で答えを見つけるべき問題だと思うから」
にぃ、と殺せんせーの丸い目が細まり、顔の色が朱色に変わる。丸く顔に現れた模様は、正解したときのシンボルだ。だからも笑い返した。
「さんは真面目ですね。自分で納得のいくまで考えて、そして行動に移す。それはあなたの素晴らしい個性です」
「ありがとうございます」
「そして考える一方で、いつか選ぶ未来を実現させる方法もきちんと考えている。あなたがどうやって暗殺をしてきてくれるのか、先生はとても楽しみですよ」
ヌフフ、と殺せんせーは笑う。一瞬、変化させつつある身体に気づかれているのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。焦りと安堵を表に出さないように気遣いながら、は微笑んだ。
「殺せんせーには本当に良くしてもらっているから。だから、殺せんせーが望むなら、今までの恩返しに殺せるように準備するのは当然でしょう?」
「ありがとうございます。期待していますね」
「頑張ります。それで、殺せんせー。質問があるんですけれどいいですか?」
「はい、何でしょう?」
「教えてもらいたいことがあるんです。この質問の答え次第では、私は明日にでも殺せんせーを殺そうとすることが出来るかもしれません」
「それは興味深い。生徒の質問に答えるのも教師の役目ですからね。聞きましょう」
何本もの触手がにゅるにゅると動く。触れれば壊せるだろうそれらから目を反らし、殺せんせーだけを見つめて、は尋ねた。これはやはり四月から、ずっとずっと気になっていたことだった。
「殺せんせーは『殺せるものなら殺してみなさい』と言うけれど、別に『死にたい』わけじゃないんですよね?」
ぴくりと、タコのような身体が反応した。だからは重ねて問う。大丈夫だから、と宥めるような心持ちで。
「殺せんせーは私の大切な先生だから、殺せんせーが本気で『死にたい』って望むなら、私は私の持てる限りでもって先生を殺してみせます。でも、『殺されたい』とか『殺されなきゃ』っていうのは何か違うと思うから」
だから、とは笑った。
「誰も何も関係ない、殺せんせー自らの意思で『死にたい』と思ったら教えてください。私、頑張りますから」
窓の外で、三日月でしかいられなくなった月が静かに輝いている。あと五ヶ月よろしくお願いします、とは頭を下げて笑った。
私の素敵な担任教諭。
2013年10月21日