期末テストの時間





「・・・というわけで、A組と賭けをすることになったんだ。五教科で多くトップを取った方が、相手に何でも命令できるって」
図書館で五英傑と噂の、A組のトップ集団とやり合った翌日、磯貝悠馬はひとりのクラスメイトの前で事の成り行きを説明していた。随分と派手な噂になっているようだから、もしかしたらすでに耳に入っていたかもしれない。元々E組の面々は、今回の期末テストでは科目の学年トップを取れば殺せんせーの触手を一本ずつ破壊できる権利を与えられるため、皆が気合を入れて臨んでいる。A組との対決は副産物ではあったが、売られた喧嘩を買わないわけにはいかない。「以前の「エンドのE組」なら馬鹿にされるままだっただろうが、今のE組は違うのだから。
「だから、さ・・・?」
ちらりと、磯貝は向かいのクラスメイトを見やる。美人だな、というのが同じクラスなって久しいけれども改めての感想だ。実は結構、彼女の顔は磯貝の好みだったりする。
さんも、今度の期末は本気でやってくれないか?」
昨日の放課後の件がクラスにも知られて、そしてどうすればA組に勝てるかと考えた末、各個人の努力を抜きにした点で磯貝が思い当ったのが、今目の前にいるの存在だった。成績の悪い者が落とされるE組の中でも、カルマとだけは話が違う。カルマが本気を出していないのは彼の日頃の言動で察しが付くけれども、もまた全力でないことは一目瞭然だった。簡単な話だ。彼女はテストというテストで、常に四百四十四点を獲得するのである。中間だろうと期末だろうと実力テストだろうと何だろうと、その点数から外れたことがない。
さんって、いつもテストで四百四十四点を取ってるだろ? ずっとその点を取り続けてるのって何か理由があるのかもしれないけど、今回だけは協力してくれないかな。A組との賭けだけじゃなくて、殺せんせーの触手もかかってるし」
「うん、いいよ」
「うん、いい・・・って、え!? そんな簡単に!?」
「別に、特に理由があってあの点数を取ってるわけじゃないから」
「じゃ、じゃあ何でずっと四百四十四点を取ってたんだ?」
「テストもただ受けるだけじゃつまらないから、各科目の配点とか、全体の合算とか考えながらやれば少しは楽しめるかなって」
要は暇潰しかな、とはあっさりと言ってのけるが、磯貝は驚きの余り呆然とするしかなかった。頭がいいだろうとは思っていたけれど、まさかテストですら暇潰しの対象にしているなんて、そんなことは考えもしなかった。これはもしかして、適当に手を抜いているカルマよりも性質が悪いのではなかろうか。頬が引き攣ってしまったのは、一緒に話を聞いていた前原陽斗もだ。ええー、という声なき声がふたりの間で広がる。
「暇潰しであれって・・・じゃあさん、本気でやったら学年一位とか取れるんじゃ」
「それはどうかな。先生方、いつも意地悪な問題を入れてくるし」
「でも学年一位の成績なら、後は元担任が認めさえすれば元のクラスに戻れるわけだし」
「それもどうかなぁ。私、元担任の先生に嫌われてるから」
言葉とは逆に、大して気にしていない顔では話す。確かに、E組の生徒は少なからず元担任に嫌われている。E組行きの生徒を出したことで、その担任の評価もまた下がるからだ。だからこそどんなに良い成績をとっても元のクラスに戻れる可能性は低い。そのシステム自体がE組の生徒を更なる諦めへ突き落としているのだが、にとってはどうでもいいことらしかった。あのさ、と前原が口火を切る。
「前から聞いてみたかったんだけど、さんって一年のときの最初の実力テスト、学年二位だったよな?」
椚ヶ丘中では、試験の結果は一位から最下位まですべて掲示される。五教科の実力テストで、ほぼ満点に近い成績で一位を飾ったのは、理事長の息子である浅野だった。その下、たった一点差で二位の位置につけていたのはA組の少女で、そのときは前原も名前は憶えなかった。けれども翌日に、彼女の名は全校に知られることとなった。この学年初のE組落ちを宣言されたからである。入学してから一週間。早すぎる落第の理由は、がカンニング行為を行ったから、というものだった。実力テストで、隣席の浅野の回答を盗み見た。それが理由で、は学園創立以来最速のE組落ちとなった。
「カンニングが理由でE組落ちになったって聞いたけど、その後のテストじゃ四百四十四点を取り続けてるし。カンニングが事実なら、こんな点数ずっと取れないだろ? 本当はカンニングなんてしてなかったんじゃないのか?」
いつも浅野の隣で試験を受けられるわけではないし、E組の教育は殺せんせーが来るまで碌に行われていなかったのだから、自力で上位の点数を取るのは難しい。のE組落ちとその後の成績に関しては、クラスメイトの中では不思議がられていることのひとつだった。きっと本校舎の生徒たちは彼女のカンニングを今もなお疑っていないのだろうけれども、同じクラスで過せば分かる。は本当に賢いのだ。最初の実力テストの成績は、きっと彼女の実力なのだろうと理解出来るくらいに。前原の問いかけに、はにこりと頷いた。
「うん、カンニングはしてないよ」
「だったら何でE組に落ちたんだ?」
「カンニングを疑われて、やってませんって言ったんだけど、先生に嫌われてたから取り合ってもらえなくて。面倒くさかったから別にいいかなって」
「言いがかりじゃん、それ!」
「何で諦めちゃうんだよ!」
「怒ってくれてありがとう」
ふわりとが微笑む。華やかな容姿は一見すると少し近づきづらく感じるのだけれど、は表情や仕草が柔らかいため、むしろほっと安堵してしまう。なのに底を見せない気味の悪さは健在で、今の話を聞いて磯貝と前原はその見解を更に強めていた。言いがかりでE組落ちして文句も言わずに甘んじるなんて、まったくもって理解出来ない。ふたりのそんな気持ちだって分かっているだろうに、は素知らぬ顔で次の授業の教科書を取り出す。
「今回はみんな本気みたいだし、私も努力するよ。多分浅野君と同じくらいの点は取れると思うから、それでいいかな?」
「浅野と同じくらいって・・・」
「あっさり言えちゃうのが凄いよな。いや、力強いけど」
「一応、元A組だからね。たまにはみんなの役にも立ちたいし」
「分かんないところあったら聞いてもいいか?」
「私で分かることなら」
磯貝は学級委員だからか、女子と話すことも結構多い。前原に至っては恋人が入れ代わり立ち代わり存在しているくらいで、異性に免疫のあるふたりだが、それでもやはりのことは美少女だと思う。外見だけでなく、話してみても感じはいいし、深く関わるうちに気づく得体の知れなささえ見て見ない振りをすれば、これだけ魅力的な女子もそういないだろう。話しかけるのに少し緊張する。磯貝にとって、はそういった対象だった。恋ではないけれど、意識はしている。だけど自分では手に負えそうにないことも分かっているから、見ているだけだ。
前原と話しているがふわりと笑う。長い睫毛が影を作って、綺麗だなぁ、と磯貝は思う。こういった時間を過ごせるだけで、彼は割と満足しているのだ。





綺麗なんだよなぁ。
2013年10月21日