再会の時間





どぉん、と大きな爆発音がした際、は未だ旧校舎の教室にいた。寺坂が「放課後プールへ来い」と殺せんせーに宣言して、E組の生徒たちは気が進まないながらも、暗殺される張本人であるはずの殺せんせーに促されて、裏山の手製のプールへと向かった。至極面倒くさそうなカルマも少し遅れて続き、は今日も日課であるペットボトルを一本、烏間から受け取って、その後を追いかけるつもりだった。けれども教室を出ようとした瞬間に、背中で爆音が響き渡った。身を返せば、遠くで何か尋常ではない音がする。大量の水の、流れるような。異常を察した烏間が校舎を飛び出していくのが見えた。も走って昇降口へ向かい、上履きからローファーへと履き替える。イリーナは教員室で控えており、窓から心配そうに裏山を見ている姿があった。どうしたのだろう。も考えながら裏山への、おそらく寺坂が言っていただろうプールへの山道を駆けた。爆発音。水の塊の流れる音。この二つだけで、すでに最悪に近い事態が想定される。殺せんせーがいるから滅多なことにはならないだろうけれども、と舗装されていない山道を進んだ。鞄が揺れる。水着でこそないものの、今日はプールの用意をしてきたからサブバッグがひとつ多い。けれどそれを邪魔だと感じるよりも先に、は前から来る存在に気づいてしまった。
夏を控えて濃さを増す緑の葉の合間から、白い特殊繊維が覗く。布の塊だ。そうして、その後ろ。久方振りに見る隣席の主、イトナがそこにはいた。
の足が止まる。シロが気づき、その黒子のような衣装から僅かに垣間見える目をへと向けた。それでイトナも気が付いたのか、彼の視線もまたへと向けられる。裏山の、瑞々しい自然の中で、彼らは相対した。ぽたり、ぽたり、梅雨に出逢ったときと比べて僅かに変わった髪が、殺せんせーと同じ触手が、今は水に濡れて膨張している。
「おや・・・君は確か、さんだったかな? イトナの隣の席の」
先に声をかけてきたのはシロだった。この怪しくしか見えない自称保護者は、存外に人当たりが良い。イトナのコミュニケーション能力が欠けている分、シロが補っているのだろう。対殺せんせーの暗殺でもシロが作戦参謀を担っているのは明らかで、ならば彼が仮にもイトナのクラスメイトであるのことを知っていても何ら不思議ではなかった。
「こんにちは」
「はいコンニチハ。生徒のみんななら、この先のプールにいるよ」
「ありがとうございます。みんな無事ですか?」
「もちろん。我々の目的は殺せんせーの暗殺であって、生徒に危害を加えることじゃないからね」
シロはあっさりと際どいことを口にしたが、は逆に安堵して急ぐことを止めた。シロのことは良く、どころかほとんど何も知らないが、頭の回転の速そうな彼が簡単にばれるような嘘をつくようには思えなかったし、ましてやここで嘘をついてを足止めする必要性が感じられない。ふう、と吐息を漏らして、再び視線を上げる。シロの肩越し、イトナと視線が重なった。ぽたり、滴が弱点である水を吸い込んで膨張した触手から落ちていく。自然な所作で目線を外し、は肩に提げていたサブバッグを開いた。プールで泳ぐことがあったら使おうと思って用意してきたうち、フェイスタオルを取り出す。そうしてイトナに視線を戻し、一歩を踏み出した。
山道で、シロとイトナの方が上にいる。少しばかり視界を遮る葉を片手で追いやり、が近づいてもイトナは動かなかった。普通ならばが何をしようか察することが出来そうなものなのに、実際にシロは興味深そうな雰囲気を醸し出して成り行きを見守っているのに、イトナが何も分からないような風情でただ大人しくしているのは経験値の少なさ故かもしれない。彼の成り立ちを、は知らない。知らないままに歩み寄り、手を伸ばした。自分より五・六センチメートル背が高い、おそらく百七十センチメートル前後だろうイトナの頭に、ふわりとタオルを被らせる。
「風邪、引いちゃうよ?」
良ければ使って、とは笑った。イトナの目がぱちりと瞬く。
実際は季節は初夏で、暦ももう七月に投入し、多少水に濡れたところで風邪を引くような気候ではない。だから口にしたのは他愛ない言い訳で、きっとイトナは気づかないだろうが、シロは理解しただろう。伸ばした手をそのままに、はタオルの上からイトナの髪を拭った。もふもふ、と痛くならないように動かせば、水気がタオルに吸い込まれていく。膨張していた触手も徐々に元の大きさへと戻り始め、どこか愛らしいその様には唇を綻ばせた。イトナはされるがままになっている。ぱちり、ぱちりと、大きな目が何度か瞬きした。不思議そうな顔をしている。シロは楽しそうに、とイトナのやり取りを眺めている。粗方の水分を拭い、イトナの髪は渇いたけれども、逆にのタオルは水を含んで重くなった。役目を終えたそれを引き取り、乱れてしまった髪を直そうと、再度はイトナへ向かい手を伸ばした。
「・・・ごめんね」
細く形の良い、桜貝のような爪先がこめかみに触れ、その柔らかな指の腹がイトナの髪を梳いた。次の瞬間、彼の触手はじゅわりと爛れた音を立て、千切れて地面へと転がった。





ごめんね。
2013年10月21日