秘密の時間
ちゃぽん、と不可思議な色の液体がペットボトルの中で揺れる。教員室から教室へと戻ってきたは、ペットボトルを机に置いて、横にかけておいた鞄を手に取った。ホームルームが終わって時間も経っているため、残っている生徒はいない。いつもは特訓してくれる烏間も防衛省に呼び出されており、殺せんせーが今日はワッフルを食べるために本場のベルギーまで行ってしまったから尚更だろう。暗殺は明日に持ち越しで、みんなも帰路につきながら楽しく作戦でも練っているに違いない。鞄のチャックを開いて、携帯電話を確認する。メールも着信も来ていない。さて、自分も帰ろうかとがペットボトルを手に取ったとき、割合と近い距離で、ぶうん、と機械の鳴る音がした。隣の隣の席の律だ。自律思考固定砲台が正式名称の、人工知能を搭載した最新兵器。
『さん、これからお帰りですか?』
モニターに映し出されたのは少女の顔だ。ただ、画面は常に正面を向いているため、席が横に位置するからは律が見えない。けれども話しかけられたため、鞄とペットボトルを手にして正面へと回る。互いの姿が見えるようになって、にこりと律は微笑み、そしての持つペットボトルへと視線を向けてきた。
『それは、対殺せんせー用の特殊兵器ですね? ナイフの形に固めればゴムのように弾力性を帯び、銃弾の形に固めればきちんとした硬度に変わる。粉末にすることも出来ますが、液体にすることも可能』
「うん」
『さんは、毎日ペットボトル一本分の液体状の特殊兵器を烏間先生から貰っているようですが、どうしてですか? さんは他のみなさんとは違って、暗殺に積極的のようには見えません。それなのにどうして兵器を毎日貰っているんですか?』
機械として、単純に知りたいのだろう。人工知能を搭載している律は、とても学習意欲に飛んでいる。特に殺せんせーの改造と、作成者への反抗期を経て、今はクラスメイトと協力して暗殺を試みることに熱意を傾けている。だからこそ気になるのだろう。は手の中のペットボトルを見下ろした。ちゃぽん、と不可思議な色の液体が揺れる。律が喋る。
『それとも、その液体はさんの変化と何か関係があるのですか? 例えば――・・・』
「律」
すっとが唇の前で人差し指を立ててみせた。人工知能の律も理解している、秘密、あるいは内緒を示す仕草だ。
「律は何でも分かるんだね。でも、駄目。誰にも教えたら駄目だよ?」
『・・・それは、殺せんせーの暗殺と何か関係があるのですか?』
「そう。今はまだ試している最中だから、烏間先生たちにも秘密なの。律も誰にも言わないでね?」
約束、と小指を立てるは恥ずかしそうに笑っていて、それは人間の美醜についてはインプットされていても、好悪の感情については範囲外の律にも分かる、可愛いと一般的に評される様だ。だから律もモニターの中で小指を立てて笑い返した。
『分かりました。私とさんの秘密ですね?』
「うん。嘘ついたら針千本飲ーます」
指切った、と指こそ触れ合わないものの声を揃えてふたりで歌った。ペットボトルを詰めてチャックを閉め、は鞄を肩にかける。
「じゃあ律、また明日ね」
『はい。さようなら、さん。お気をつけて』
「バイバイ」
ひらりと手を振って、律に見送られては教室を出た。梅雨が過ぎて、もうすぐ夏がやってくる。軽やかに下駄箱を目指すの鞄の中で、ちゃぽんとペットボトルが小さな音を立てていた。
秘密、秘密ね?
2013年10月21日