理事長の時間





五月、中間テストの時期がやってきた。殺せんせーがE組の生徒二十七人分に分身して、それぞれの苦手科目を重点的に教えてくれる。本当に、暗殺対象ではあるけれど、こういうときだけは心強い生徒の味方だ。苦手な理科の宿題を鞄に詰め込んで教室を出れば、教員室から話し声が聞こえてきた。壁はガラス張りの窓になっているから、中の様子が見てとれる。そこには、この旧校舎には絶対にいないはずの人がいた。椚ヶ丘学園のトップに立つ、浅野理事長だ。どうしてそんな人がここに。気になって足を止め、いけないと思いつつも僕はつい中の会話に耳を澄ませてしまった。
「潮田君、どうしたの?」
「あ、さん」
同じく帰ろうとしていたさんに声をかけられるけれども、教員室の様子が気になって仕方ない。理事長先生は、僕たちの知らない殺せんせーの事情を知っているらしい。だけどそれよりも、理事長先生にとってはE組がE組であることの方が意味のあることらしかった。ゆっくりと逸り始める心臓に拳を置いて、さんと並んで教員室の中を覗き見る。けれどそれも五分とかからなかった。知恵の輪に絡まる殺せんせーに何やらを囁いてから、理事長先生が教員室から出てくる。その目が僕を捉えると、笑顔になった。
「やあ! 中間テスト期待しているよ。頑張りなさい!」
この先生はきっと、ナイフなんて使わなくても、言葉ひとつで誰かを暗殺することが出来るんだろう。乾いた笑顔と激励に、心のどこかが切り裂かれた気がした。でもきっと、傷から血も溢れない。この人はきっと、そういう暗殺をする。理事長先生の視線が、僕から隣のさんへと移された。
「君は・・・」
「こんにちは」
さんが頭を下げた。理事長先生は少し黙ってさんを見つめていたけれども、やっぱり僕のときと同じように笑って、目だけは笑わずに「こんにちは」と言うと、踵を返して去っていった。
「潮田君、帰ろう?」
「・・・うん」
さんに促されて、昇降口に向かって歩き始める。早鐘のように鳴る心臓は、まだ落ち着いてくれない。身体ではなく心を殺す暗殺なら、理事長先生は間違いなく一流の暗殺者だ。忘れかけていた「エンドのE組」の蔑称が、僕の頭にこびりついて離れない。





誰より優秀な、暗殺者。
2013年10月21日