彼女の時間





僕たちの朝は、銃に弾を込めることから始まる。対殺せんせー用の特殊BB弾だ。先生がこの三年E組にやってきて、もうすぐ一ヶ月。最初は突然すぎる展開に驚いてばかりだったけれど、今のクラスは少しずつ変わり始めて来ていた。殺せんせーは触手だし、月を破壊した張本人で、来年三月には地球も爆破する予定らしいけど、それでも僕たちが今まで見てきた中で一番先生らしい先生だ。椚ヶ丘中でも、「エンドのE組」と呼ばれて、学校中から、教師から、親からも見捨てられて嘲笑われる僕たちを、殺せんせーは一人の生徒として見てくれる。だから僕たちは、一生懸命に殺せんせーを暗殺する。僕たちを真っ当に生徒として、同時に暗殺者として教育してくれる殺せんせーに対して、その期待に応えたいとE組のみんなが思ってるんだ。
・・・でも、中には暗殺に積極的でない人もいる。
「おはよう、潮田君」
「あ、おはよう、さん」
最新の設備が整っている本校舎から一キロメートル離れた、山の中にある旧校舎。古くて汚くて、私立なのに学食も冷暖房もない、そんな劣悪な環境にE組の教室はある。いい加減に慣れてしまった山道を登っていると、後ろから声をかけられた。振り返ると、同じ椚ヶ丘中の制服を着た女の子が僕に向けて笑いかけている。同じE組のさんだ。
「相変わらず遠いね、教室」
「そうだね」
当たり障りのない話をしながら、舗装されていない道を辿る。十数メートル前に見える背中は木村君のものだろう。その先にいるのは片岡さんかな? 何人かのクラスメイトの姿が前に後ろにちらほらとあるけれど、僕の隣にはさんがいる。少し、緊張する。
五月の日差しを受けて、さんの髪がきらりと光る。ほんの少し垣間見てみた横顔は綺麗で、所謂美少女なんだと思う。神崎さんみたいな、おとなしい大和撫子タイプとは違って、今風の目鼻立ちがくっきりとした、雑誌の表紙を飾るモデルのような華やかさだ。街中を歩けば、きっとほとんどの男が彼女に見とれると思う。だけどさんは、余り自分から話しかけたり騒いだりすることがない。もちろん声をかければ応えてくれるし、暗いということもないんだけれど、何て言うか、全体的にずっと静かだ。静か過ぎて、僕は逆に、それが怖い。
「数学の宿題、さんは全部解けた? どうしても最後の問題が分からなくて」
「ああ、少し難しかったよね。私で良ければ教えるよ」
「ありがとう。お願いしてもいいかな?」
さんは頭がいい。カルマ君にも負けないと思う。E組は基本的に成績の悪い生徒が落とされるけれど、カルマ君とさんは例外だ。それに、さんは運動神経もいい。烏間先生の体育の授業を見ていれば分かる。人当たりだっていいし、誰かの悪口を言っているところも見たことがない。
だけど、だからこそさんは、気味が悪い。何でも卒なくこなす彼女は、分厚い皮を、それこそ殺せんせーが脱皮するときに脱ぎ捨てるような、厚くて良く分からない何かを被っているような気がしてならない。その奥には一体どんな彼女がいるんだろう。知りたいようで知るのが怖い。得体が知れない。それが僕たちE組の、さんに対する見解だ。悪い人ではないし、いい人だと思うんだけれど、それでも素直に頷けない何かが、さんにはある。
「やっと着いた」
おんぼろの旧校舎が見えて来て、思わず二人して息を吐き出した。携帯を見ればチャイムが鳴るにはまだ時間があるし、遅刻じゃない。蓋さえない下駄箱で靴を履きかえて、踏み抜いてしまいそうな板張りの廊下を進む。途中でビッチ先生に会ったけど、今日も相変わらず教師とは思えないくらいセクシーだった。このE組では活かすチャンスもないと思うけど。
「じゃあ潮田君、また後で」
「うん、また」
教室の入り口で別れる。僕の席は窓側から二列目の前から二つ目。さんは窓側から三列目の一番後ろ。机に鞄を置いて、椅子を引く彼女はやっぱり美少女なのだけれど、気味が悪い。クラスメイトにそんなことを感じるのは正直どうなのかと思うけれど、他に何て表せばいいのか分からない。さん。美人で優秀なE組の生徒。
そんな彼女は寺坂君たちみたいな反抗とは別の意味で、殺せんせーの暗殺には積極的ではなかった。一斉射撃には加わるけれども、単独で武器を持っている姿は見たことがない。だけどそんなさんは、誰よりも前からこのE組に所属していた。椚ヶ丘中に入学して、僅か一週間。一年生の最初の実力テスト直後にE組落ちを指示された、学園創立以来最速の「落ちこぼれ」だった。





綺麗で優しい人、なんだけど。
2013年10月21日