65.克ち過ぎた理性





の提出した草案は、見事なものだった。
稀代の宿設計師と、高名な流技師を説き伏せて用いただけでなく、適切な人員を配置し、必要と思われる予算を確保しただけでも、新人官吏としては快挙と言えるものだった。
けれど彼女の草案の真髄は、実際に着工してから発揮された。
宿設計師と流技師は、互いに出会うことで更なる技術を橋にもたらした。橋建設に慣れている人員を多く用いていたが、その中にもまだ若く未経験な者を混ぜることで、次世代の技術者を育む。日程や作業工程も、すべて細かく打ち出した。仙洞省にて毎年の気象を調べ、作物の出来や動物の移動から今年の天気を予想し、そして雨風霧などを想定した日程を組んだ。
疲労の重なっていく後半は、少しずつ作業の量も減らしていった。人は疲れれば自分に甘く、他人にきつく当たるようになる。現場でいさかいの起こらないよう、人の配置にも工夫した。確保していた予算から、茶や菓子の差し入れも実施した。そういった上の振る舞いを知れば、自然と現場の者もやる気になってくる。そうして行われた建設は、すべての工程が問題一つ起こすことなく終了した。完成した可動式の橋を前に、誰もが言ったという。
「こういう現場ならまた働きたい」と。



「人心を掌握し、それすら利用した策略を練る。御史台は同じ官吏を相手にするのですから、並大抵の者では務まりません」
旺季の言葉はもっともだ。だが、素直に頷けない理由もある。貴族ばかりの門下省に、彩七家の一つである藍家と関わりがあり、なおかつ庶民であるを入れればどうなるかは想像に難くない。
「それに加え、官吏は武芸にも秀でていると聞いております。先の蔡元礼部尚書のように勝手に武官を動かす者もおりますし、そういった輩への対処にもうってつけでしょう」
「女官吏に武官の相手をさせるのか!?」
「それはいくら何でも・・・!」
官吏も紅官吏も、女だからとて特別扱いは望まないでしょう。官吏に性差がないように、仕事にも性差はありません」
「しかし・・・・・・っ!」
「ではお尋ねしますが、宋太傅、官吏の実力は武官に劣りますか?」
矛先を向けられ、三公の一つに座す宋は太い眉根を寄せた。旺季が自分に何を言わせたいのか分かっている。その答えを返せばを苦難に追い込むことは目に見えている。けれども、この場で告げられる事実など一つしかないのだ。
「・・・・・・劣らないな。官吏の武力は、羽林軍の将軍にも匹敵する」
「でしたら問題はないでしょう」
旺季はまるで嘲るように、静かな笑みの中に明確な毒を覗かせた。

「皆さん外見に惑わされているようですが、あれは女などという可愛い生き物ではありませんよ。笑いながら親友の斬首さえ命じることの出来る、鬼―――・・・・・・」



あれはいずれ、御史台をも統べる名官となるでしょう。



ざわりと揺れた場が、一気に騒がしくなる。口々に隣席の者と喋り出す彼らに、旺季の狙いに気づいた者は歯噛みした。
御史台は官吏の目付け。後ろ暗い者にとって最も注意すべき敵であり、疚しくない者とて自身を探られるのは良い気がしない。だからこそ秘密裏に事を推し進めるべく、御史台に属する者はその名を秘されているのだ。
けれども今、堂々との御史台としての才が明言された。これで朝廷のほとんどの官吏が、を避けるだろう。我が身の敵として。
つまりを孤立させるために、旺季は宰相会議で彼女の配属を進言したのだ。加えて彼女の門下省への配属。どう考えても潰すことが目的としか考えられない。苛立ちに拳を握り締めたのは誰だったのか。

それでも彼らは拒むことが出来ない。
何よりこの場は朝廷であり、彼らもも官吏だからだ。





新しい幕が開ける。歌い、踊れ!
2006年11月13日