59.舞踏会と砕けた仮面
「何でさっさと手篭めにしておかなかった」
あまりに直接的な黎深の言葉に、鳳珠は仮面の下で顔を歪めた。新年からこっち、愛用し続けているらしい緋色の扇が音を立てて開かれる。いまいましいと、内心で思う。
「さっさと手篭めにしておかないから、藍家の三つ子なんかにしゃしゃり出て来られるんだ。君の美貌は何のためにある。こういう時のためだろう」
「それをおまえが言うか、黎深」
「おかげで見たくもない光景を見ることになってしまったじゃないか。今思い出しても腹立たしい」
本気でそう思っているのだろう。口元は扇で隠されて見えないが、顰められている眉が如実にそれを語っている。その苛立ちが彼の嫌っている三つ子に対してなのか、それともあの日の庭園での光景に対してなのか、鳳珠には判断がつきかねた。
黙っている彼をよそに、黎深は一人話し続ける。
「大体、の作った仮面を愛用している時点で、君の気持ちはすでに決まってたんだろう。それなのに手をこまねいているから、こんなことになるんだ」
「・・・・・・おまえも見ただろう、黎深。あれは紛れもなく藍家三当主の寵姫だ」
「だから何だ?」
「おまえには分からない。紅家当主である、おまえには」
鳳珠の言葉に、黎深はまなじりを吊り上げる。
「まさか家柄なんてものを気にしてるんじゃないだろうな? 鳳珠、君はあの娘がそんなものにこだわるように見えるのか? それとも藍家を敵に回すのが怖いか? そんなもの気にするな。いざとなれば私が君の側についてやろう」
「・・・・・・あれは、私を好きになることはない」
「あぁ、誰も好きになることはないだろう。だから出発点は平等だ。藍家の三つ子共は私たちよりも少し早く出会い、庇護してやったに過ぎない」
ばさっと扇が振られた。露わになった口元は、今は笑みを象っている。冷ややかに見える中にも隠しきれない喜悦を見つけ、鳳珠は舌打ちをした。扇をしまった黎深の手が、彼の仮面へと伸びてくる。
「・・・・・・君が何もしないというのなら、あの娘は私がもらう」
現れた絶世の美貌は、これ以上ない怒りをたたえた。
「貴様、百合姫を裏切る気か」
「百合が望んでいるのだ。共有させてくれるのなら、あれを愛人にしてもいいと、百合自身が言っている。どうやらずいぶんと気に入ったらしい」
「―――黎深」
切りつけるような声に、黎深は笑みをはいて仮面を机へと置いた。もう二年近く前に、自分が贈った仮面。久しく見なかったそれを、鳳珠はここしばらくの間被り続けている。その意味に気づかぬほど、黎深とて甘くはない。
「鳳珠、いい加減に腹を括ってしまえ」
緋色の扇が、彼の緩やかな微笑を隠して舞った。
「私に二度も奪われたくないのなら、そろそろ本気で覚悟を決めるんだな」
握り込む手のひら。一番下の引き出しに、それは保管してある。
桜色の仮面は、ただ持ち主を待ち続けていた。
何が躊躇させるのか。分からない。動けない。
2006年10月23日