50.ララバイは泪に溶けてゆく
虎林城の城壁の上から下を見下ろすと、入り口の門の近くにぽつんと小さな影が見えた。ここからでも分かる、黒くてさらさらストレートロング。これだけの一品を私は他に知らないね。まったく藍家はストパー要らずだよ。全国の乙女から嫉妬されるよ、うらやましい。
とにかく、そんな藍家の五男は、城壁に背を預けて地面に座り込んでいる。動く気配はない。ちなみに近くに馬もない。笛を取り出しているわけでもなくて、ただ座り込んでいる。ストリートパフォーマンスや逆ナン待ちじゃないよねぇ?
上から見下ろす五男は、何だかちょっとうつむいている。凹んでいるように見えるのは、おそらく気のせいではないんだろう。影月君が「『さんに合わせる顔がない』って言ってました」って言ってたし。
いいんだよ、気にしなくて。君の取った行動は正しかった。気にすることはないんだよ、全然。
城壁に足をかけて昇る。あー風が気持ちいい。空は快晴。高さは三階建てくらい? たいした重力過多じゃないでしょう。というかプリンスたる者、これくらい受け止められなきゃ姫君の唇は奪えないって。まぁ、私はプリンセスじゃないけどね。さぁ王子、君の腕前を見せるときが来た!
「りゅーうーれーんー!」
声を張り上げれば、真下でどんよりしていた頭が右を向いて左を向いて上を向く。相変わらずの美少年青年に向かって、私は笑顔で手を振った。
そして、ピサの斜塔よろしく城壁から飛び降りる。
リンゴな私を、龍蓮はちゃんと受け止めてくれた。おお、姫抱っこ! 乙女の憧れを実行するとはさすがだね、龍蓮!
そんな彼の腕の中で、いつもより近い美貌に向けて、私はにっこりと微笑んだ。
「お帰り、龍蓮」
目を見開いていた彼は少しの間の後でくしゃりと顔を歪ませる。泣きそうな顔で小さくすまないと言われて、とりあえずその頭を優しく撫でてあげることにした。
謝られて、私はどうすればいいの。
2006年10月2日