49.春のある朝、君が消えた。





虎林城に帰還した秀麗と影月たちを出迎えたのは、病から回復に向かっている人々、そして彼らの家族の温かい祝福だった。誰もが感謝の言葉を二人に投げかけてくる。嬉しさと自分たちが行えたことの結果に胸が熱くなり、二人は泣きそうになってしまった。 彼らの笑顔が見れた今、自分たちのしたことは間違いではなかったのだと思えた。



「秀麗ちゃん! 影月君!」
走り寄ってきた少女が、がばっと二人をまとめて抱きしめる。秀麗はともかく、まだ怪我の治り切っていない影月は痛みに思わず悲鳴を上げた。
「いたたっ! 痛いですよーさん」
「へぇ、散々心配させといて、文句を言うのはこの口かにゃー?」
「いたっ! さーん・・・・・・」
びよーんと頬を引っ張られ、影月が眉を下げながら抗議する。けれどそれは本気ではなく、嬉しさがにじんでいるものだった。彼を支えていた香鈴は、突然影月を抱きしめた少女に目を丸くしたものの、今はじっと彼女をにらみ付けている。そんな気配 に気づいたのか、少女が振り返る。ばちっと重なってしまった視線に、香鈴の方がどきっとした。けれど少女はすぐににこっと微笑み、影月から腕を放して香鈴へと向き直る。
「こちらの可愛いお嬢さんは? 影月君、単身危険なところに乗り込んでいったって聞いてたけど、それって間違い? もしかして恋人作りに行ってたの?」
「ち、違いますよっ、さん!」
「その否定はどこらへんにかかるのかなぁ。はじめまして、可愛らしいお嬢さん。影月君や秀麗ちゃんの同期で、今回は医官として派遣されて来ました、です」
差し出された手は自然な動作で香鈴の手を握り、軽く上下に振る。
「あ・・・・・・香鈴と、申します。官吏の方でいらっしゃいますのね」
「普段は工部に務めてます。ちなみに愛人持ちなので、そこのところはご心配なく」
「な・・・・・・っ!」
ぱぁっと顔を赤くした香鈴に、少女は茶目っ気たっぷりに片目をつぶった。影月も僅かに頬を染めて困ったように笑っている。可愛らしい恋人たちに、は優しい微笑を向けた。そしてそのまま秀麗を振り返る。
「お帰り、秀麗ちゃん」
「ただいま、。留守を守ってくれてありがとう」
「秀麗ちゃんのためなら、例え火の中水の中茶州の中。とは言っても医官としての勤めを果たしただけだけど」
小さく、は肩をすくめる。
「秀麗ちゃんこそ、無事に帰ってきてくれてありがとう。これで全部終了?」
「そうね、後は琥l城に戻って後処理をして・・・・・・もう州牧は解任されるだろうから、後任の櫂州牧への引き継ぎ準備に入るわ」
「じゃあ、私もそろそろお役御免かな」
「医師団も無理言って派遣してもらったんだもの。半分くらいはまだ残ってもらうとしても、は工部の仕事もあるものね」
「まぁ秀麗ちゃんも影月君も州牧を首になるだろうし? また貴陽で会いましょう」
「ふふ、そうね。今度は朝廷で一緒に働けるといいわね」
「珀明君が待ってるよ。同期でお茶会でもしよう」
笑い合うと秀麗は、まだ冬の最中だというのに朗らかだった。戻ってきた燕青や静蘭らも、どこか柔らかい表情でそんな二人を見つめている。
けれどふと思い出したのか、影月がに声をかけた。
「あの、さん」
「んー?」
「えっと・・・その、龍蓮さんの、ことなんですけど」
戸惑った様子で告げられた内容に、は目を見開き、そして笑った。それはとても明るい笑顔だった。





おかえり、と彼女は笑った。
2006年10月2日