47.終わりを迎えた鳥篭の日々
「私たちは石榮村に行かなくちゃいけないから・・・・・・後をお願い、」
肌寒い早朝の庭で、秀麗ちゃんにそう言われた。秀麗ちゃんの後ろには、馬車に荷物を積んでいる燕青さん。そのお手伝いをしているシュウランちゃんとリオウ。リオウに至っては私を警戒しているらしく、ちらちらとその気配が伝わってくるよ。そして、すでに馬車に乗り込んでいる葉医師。
彼らがこれから邪仙教の本拠地に乗り込むことは考えるまでもなく明らかだ。だからこそ、言わないわけにはいかなかった。
「・・・・・・私も一緒に行きたいなぁ」
影月くんは囚われの身らしいし、リオウがいることから邪仙教に縹家が絡んでるのは明白だし、異能の者として役に立てると思うんだけどな。
でも、秀麗ちゃんは静かに首を横に振る。
「はここで患者さんたちをお願い。葉医師は私たちと同行するから、には他の医官たちを束ねてほしいの」
「・・・・・・秀麗ちゃんが、それを望むなら」
「ありがとう、。お願いね」
ぎゅっと私の手を握って、目を見つめてそう言った秀麗ちゃん。ここにもまた、明確なラインが引かれた。違う。秀麗ちゃんの言ってることは正しい。私の気持ちが、整理出来ていないだけで。
ちゃんと笑って見送れたかな。変な顔、してなかったかな。
私、ちゃんと、ここに存在してるのかな。
手術を終えた患者さんらは、もう目覚めた人と、そうでない人、死線をさまよってる人の三パターンに分けられる。医官たちは数人起きてるけど、ほとんどはまだ疲れ切って夢の中。患者さんの近くでは、それぞれの家族が必死なまなざしで見守っている。その歓喜と悲痛さが、私に彼らが生きていることを教える。
魔法を使うのは簡単だ。呪文を小さく唱えればいい。そうすればここにいる人全員を治すことが出来る。誰も死なずにみんなハッピー。だけど私は、それも出来ない。ラインが、引かれている。
私がここにいる意味、あるのかな。
あぁ、駄目だ。マジで打たれ弱くなってる。どうした、私。ホグワーツで冠した『最強』の名が泣くぞ?
魔女っ子が私のすべてじゃないだろ。魔法を知る前はどうやって生きていた? あの頃はそう、先生がすべてで。先生が喜んでくれるなら、何だって頑張って。一生懸命生きていた。
でも私はもう、力を手に入れてしまった。
「丙大守!」
門兵さんが駆けてくる。その視線がこの虎林城の主を捉え、一瞬だけ私を見た。促されて喋り出した内容に、城壁へと駆け出す。見下ろした町を切り裂いていく騎馬。格好が異なっても、それが誰だかすぐに分かった。
「―――龍蓮!」
叫べば、騎手は馬を制してその場に止まる。探すことなく見上げられた瞳が、今は悔恨に揺れていた。彼が何をしにここに来たのか、分かってしまった。泣きそうな彼の顔だけが、網膜に焼きつく。・・・・・・すまない、という言葉は、聞きたくなかった。
石榮村の方へ駆けていく姿が見えなくなる。
ラインが、引かれた。
・・・・・・患者のところへ戻らなきゃ。
それが、私に今出来ることなんだから。
それしか、今の私に許されたことはないんだから。
ねぇ。私、何のためにこの世界に来たのかな。
2006年9月23日