[PR] この広告は3ヶ月以上更新がないため表示されています。
ホームページを更新後24時間以内に表示されなくなります。






46.マリオネットの嘆き





最後の一人を執刀し終え、レイ・ザ・バレルは小刀を置いた。縫合した傷跡は痛々しく生々しい。けれど自分に出来る最善の治療を施した。額に浮かんだ汗を拭い、息を吐き出す。
室内に残っている患者も残り僅か。執刀している医師の中にすでに昭乃の姿はなく、レイも汚れた手袋を外して建物を出る。燃え盛っている炎の気配。鼻につく臭い。立ち昇っていく煙を美しい演奏が見送る。それが何の楽器かは、レイには分からなかった。
主の気配を探してさまよい歩く。けれどふいに、レイはその足取りを止めた。小さな子供が彼の視界に映ったのだ。目が合った瞬間、レイの本能が理解する。これは自分と同じもの。そして、昭乃の敵。
「・・・・・・誰だ、おまえ」
子供もレイの異質さに気づいたのだろう。警戒するように足を引き、僅かに腰を落とす。その際に肩を越える銀色の髪が音を立てて流れた。
「貴様に名乗る名などない」
「・・・・・・『異なる者』か」
「貴様もそうだろう。この世界の『異なる者』だ」
冷ややかな言葉に、子供が眉間にしわを寄せる。作られたような美貌が二つにらみ合い、張り詰めた空気がその場に広がる。破ったのは、突如子供の背後に現れた影だった。首に細い指先が絡み付き、子供の一切の動きを制する。
「・・・・・・縹家の子だね?」
問いかけてくる声は柔らかい響きを帯びている。髪を払う指先も温かい。けれど巨大なまでの力を感じ、子供は身動きすら出来なかった。
そんな子供を後ろから覗き込み、うっすらと微笑みかける昭乃の姿に、レイはやはりと確信を強める。
「何が目的でここに来たの? 邪仙教は君たちの指図? 奴は来てるの? 君じゃない、縹璃桜」
「・・・っ・・・知ら、ない。俺は何も知らない」
「ふーん?」
「何を言ってるのか、分から、ない」
乾いて不格好になる答えは、正解を暗に告げているようなものだ。心臓を握られ、リオウは必死で頭を巡らせる。調べて来いと言われていた。注意しろとも言われていた。それがこの人物。―――久堂、昭乃。
「まぁいいけどね」
ぱっと指が放され、リオウに自由が戻ってくる。反射的に距離を取って振り向けば、そこには案の定、秀麗と同じ年くらいの少女の姿があった。にこりと笑みを向けてくる様は緊張に程遠い。けれど警戒させる何かが、彼女にはある。
「秀麗ちゃんに何かしようとしたら黙ってないよ。子供は早くおうちにお帰り」
「・・・・・・・・・」
「あぁ、そういえばさっきシュウランちゃんが呼んでたよ。早く行ってあげたら、美少年?」
ひらひらと手を振ってくるということは、今すぐ自分をどうこうしようというわけではないのだろう。そう判断し、リオウは少女からも、レイからも等しく距離を取る。そして振り返ることなく駆け出していった。
昭乃は笑ってそれを見送り、レイは端正な顔をしかめ面に歪めている。そんな彼の頭を、昭乃はぽんぽんと優しく撫でた。
「お疲れ様、レイ。ありがとね、無理な頼みを聞いてくれて」
「・・・・・・いえ」
「でも人体切開出来そうなのってレイしかいないし。リドるんは出来るだろうけど、改造ポケットからリドるんと零は呼び出せないしさ」
「役に立てたのなら、俺はそれで」
控えめな返答に昭乃は笑う。その微笑がいつもと違うことに、レイはとっくに気づいていた。僅かな苛立ちを隠さずに、彼は強く昭乃に促す。
「もう帰りましょう。この世界はあなたにとって良くありません」
「長く生きてると鈍感になるよね。それをここに来て痛感したよ」
「だったらもういいでしょう。リドルや零、他の者も心配しています」
「うん、ありがと。だけどね、もう少し彩雲国を見ていたいんだ。ここには私の捨てたものがたくさんあるから」
「それなら、俺も」
「ダーメ」
笑い声と同時に手のひらがかざされる。レイは避けようとしたけれども、あらがい難い力の方が早かった。急速に身体が収縮していく。見下ろしていた昭乃を見上げるようになる。ふわふわの羊になったレイを持ち上げ、昭乃は愛しげにその毛を撫でた。
「縹家に目をつけられるのは私だけで十分。また何かあったら呼ぶから、それまではリドるんと零をよろしくね?」
ちゅっと鼻先に唇を落とされ、思わず目を瞑った内に新たな力がレイに働く。最後に見た彼の主は、やはりいつもとは異なる顔で笑っていた。
「ありがとう、レイ。愛してるよー」
ひらひらと振られる手に反応を返すことも出来ず、少年は元の世界へと否応無しに帰還させられた。





改造ポケットから呼び出せるのは改造された人だけです。
2006年9月22日