39.終焉の前夜に会いましょう
散る、花びら。こぼれ落ちる。広がる闇。不釣り合いに、昇る月。それは真円。
目の前に立つ相手は、輝く雪のような、白銀の髪をしている。この相手は、まずい。
私の中の、スリザリンが鳴く。
これが彩雲国の能力者―――縹家。
三つ子に言われてる。決して近づくな、と。異能を司る神祗の血族。女だけが力を持つ、得体の知れない一族。しかし彼らの異能に関する執着だけは、話に何度も聞いていた。
だからこそ三つ子は、私に魔法を使わないように言ったのだ。決して目をつけられないように。捕われたりしないように。頷いていたけれど、こうして対面して、初めて理解した。
この一族は、私が考えていたよりもずっとヤバイ。
本能が理解を拒む。
これは、質の悪い暴力だ。
「・・・・・・娘」
色の薄い唇から発された声は、想像した通りひんやりとしている。
音もなく近づいてくる影。手の中の書簡を握りしめる。大丈夫、知覚は出来る。問題は何故縹家の者がここにいるのか。というか何故私に近づいてくるのか。
擬態に不備はないはず。朝廷での私は、ただの官吏。秀麗ちゃんに一度魔法を使ったけれど、それに対しての反応にしては遅すぎる。だとしたら何故。
伸ばされる指先ではなく、男の眼をじっと見つめた。衣よりも深い夜色。それは決して明けることのない闇。
触れた瞬間、理解した。
円陣が、黒く輝く。
「インペディメンタ、妨害せよ!」
同時に叫んでいた。僅かに見開かれた男の眼に、隠しても無意味なことを知る。だったら。
「秀麗ちゃんは渡さない」
本当ならここで拘束すべきかもしれない。殺すべきなのかもしれない。だけどそれは、異邦人である私には決められないこと。
男はうっすらと唇を吊り上げる。美形だけど、確かに美形なんだけど、微妙に食指が動かない。拒めと身体が判じてしまった。
「・・・・・・娘、名は」
「自分から名乗るのが礼儀でしょう?」
「私は縹家当主、璃桜」
「ご丁寧にどうも。私はです」
「『異なる者』か」
一瞬で察する理解力が今は恨めしいよ。心底楽しげな微笑に嫌気がさす。ヴォルデモートに近いけど、野望よりも享楽っぽい分、こっちの方が厄介だ。
月華彩雲の直紋が、笑うようにひらりと舞った。
「気に入った。薔薇姫と同じく、君も我が手に加えてやろう」
「全力でご遠慮します。本気で拒むんで、もし実行するなら死ぬ覚悟でいらして下さい」
にっこりと意地で笑みを浮かべて見せたら、男はさらにゆるりと笑み返して、静かにこの場を離れていった。曲がり角にすべての着物が消え、気配が消えて、ようやく息を吐き出せた。信じられない。あぁも厄介な人種が、この彩雲国に存在したとは。秀麗ちゃんとほのぼのキャリアウーマンを邁進すれば良いのかと思っていたのに、それなのに。
「・・・・・・すいませーん、どうにかしてくれませんか、そこの方」
「無理じゃな。縹家に目をつけられた己が悪いと諦めい」
草むらから出てきたのは、若くて美形なくせに爺様口調な方だった。やけに若返ってるけど分かりますよ。だって同類ですからねぇ。
っていうか見てたんなら助けて下さいよ。ねぇ、霄太師?
御大登場。
2006年9月12日