34.戯れの言葉は散る花に似て





楸瑛さんから紹介された静蘭さんとやらは、すでに酔っ払っていらっしゃった。それでも美しい容姿が損なわれることはないんだけれど、どうにも薄暗い酔い方をしていらっしゃる。泣き上戸や笑い上戸になれとは言わないからさ、せめてもうちょっと美味しそうに飲みましょうよ、静蘭さん。
「初めまして、と申します。秀麗ちゃんにはいつもお世話になってます」
「・・・・・・お嬢様からお噂は聞いています。はじめまして、静蘭と申します」
「先ほどの矢の腕前、実にお見事でしたねぇ。さすが秀麗ちゃんが自慢するだけありますよ。『うちの静蘭は強くて格好よくて優しくて最高なんだから』って何度話に聞かされたことか」
「・・・・・・そうですか。お嬢様が」
うっわ何今の! 何今の静蘭さん! めっちゃ可愛くて色っぽくて格好いい笑顔だったんですけど! 喜びに満ち溢れたそんな笑顔、久しぶりに見ましたよ! 写真に撮りますからもう一回プリーズ!
「おやおや、綺麗どころが二人揃って密談かい?」
「楸瑛さんのお越しで三つ揃ったみたいですよ。先ほどは遠慮ない手合わせをありがとうございました」
「いや本当、すまなかったね。大将軍たちの命令だったものだから」
「いいですよー。どのみち満足して頂けたみたいですし」
新たなる酒を手にして楸瑛さんがやってきた。それにしてもこの官舎内に一体どのくらいの酒が集まっているんだか。来年は管尚書を連れて来よう。絶対入り浸って欧陽侍郎が怒鳴り込んでくること間違いなしだよ。
「それにしても殿の腕前は驚くべきものだね。羽林軍に入ってもすぐに将軍の地位が与えられるよ」
「個人戦ならまだしも団体戦は駄目ですよ。誰かに指示を出すなんてもっての外です。それなら一兵士として前線に留まりますって」
「型は初めて見るものだったけれど、師匠はいるのかい?」
「はい。とっても格好よくて毒舌で、だけど優しくて心配してくれる年齢不詳のお兄さんが」
殿にそこまで言わせるとは妬けるねぇ」
「またまたー」
あっはっはっは。笑い合ってると楸瑛をさんを睨む静蘭さんの目がやけに冷たいことに気づいた。もしかして何か因縁でもあったりしますか? 美形二人の因縁かぁ。年齢的には静蘭さんが少し下・・・のように見えつつ、何となく少し上と見た。楸瑛さんはこの新年で26歳になったんだっけ? そろそろ本領発揮の色男年に突入だ。
「そういえば殿はいくつになったんだい?」
似たような思考回路をしてるのかなぁ。問いかけられて振り向いたら、楸瑛さんは私の空のコップに酒を注ぎ足してくれた。美形さんの酌でお酒が飲めるなんて、これは新年早々ついてるよ。
「女性に年を尋ねるのは問題ですよ、楸瑛さん」
「君ほど若ければ平気だと思ったんだけどね」
「それが意外に年を取ってるんです。なので教えてあげません。正解はお兄様方にお聞き下さい」
にっこり微笑んで拒絶をひとつ。あぁ、見事に楸瑛さんの顔が引きつった。
だけど年寄りなのは本当ですよー。少なくとも楸瑛さんよりは年上だし、しかも零も産んでるし。外見だけは十代後半で止まってるけど、中身は順調に年を重ねているのです。体は子供、頭脳は大人、迷宮ばかりの魔女っ子です。
殿は・・・・・・藍家ご当主方の寵姫とお聞きしておりますが」
「はい、その通りです。これでも一応、三つ子の愛人をしております」
「その割りに装飾の数が日を増すごとに増えていくねぇ。欧陽侍郎に碧家の直系。おや、これは黄州特産の玉じゃないか」
「欧陽侍郎曰く、女は焦がれられてナンボだそうですよ」
「言うね。じゃあ私も殿に何か贈らなくてはならないな」
「そうですねぇ、でも個人的には静蘭さんから頂きたいです」
さくっと話を振ったら、手酌で飲んでたらしい静蘭さんが軽く驚いたように私を見る。その手から酒瓶を奪って注ぐと、ありがとございます、と丁寧な言葉が返ってきたよ。ついでだから楸瑛さんにも注いであげましょう。
「秀麗ちゃんと私に、お揃いの髪紐でも贈って下さいませんか? よろしければ静蘭さんもお揃いで。もちろん無理にとは言いませんけれども」
「・・・・・・私でよろしければ、喜んで」
あぁ、うわ、やっぱり静蘭さんは綺麗だ。美人さんだ。秀麗ちゃんを間に挟んで末永く仲良くさせてもらおう。そのうち小さい頃の秀麗ちゃんの話も聞かせてもらおう。きっと可愛いこと間違いないって。でもってそれを語る静蘭さんも美しく微笑んでること間違いないって!
「・・・・・・妬けるねぇ、まったく」
楸瑛さんの呟きがちょっと本気っぽかった。この人も難儀な人だと思う。あの三つ子と龍蓮に挟まれて要らぬ苦労もしてきただろうし、憧れの君は別の人をずっと見てるし、いろいろと理不尽なこともあっただろうに。
あー・・・・・・何かちょっと、不憫に思えてきた・・・。
「大丈夫ですよ。楸瑛さんのこともちゃんと愛していますから」
殿、私は?」
「静蘭さんも愛してますよー。っていうか静蘭さん、間違いなく酔ってらっしゃいますね。ちょっと横になった方がいいんじゃないかと」
「私もそう思うよ、静蘭。大将軍に付き合わされて飲みっぱなしなんだろう? 少し酒を抜いた方がいい」
「結構です。藍将軍のご心配には及びません」
「・・・・・・何かやったんですか? 楸瑛さん」
「まぁ・・・・・・何と言うか、いろいろとね・・・」
頑なに拒否して静蘭さんはもくもくと酒を飲み続ける。楸瑛さんは困ったような顔をしてるし、酒宴はまだまだ続くみたいだし。空には月も昇ってきて、あらあら綺麗なお月見だわ。周囲で撃沈してる兵士さんたちさえいなければ、美形二人を従えて実に幸せな飲み会だったんだろうけど。
ー! こっち来て一曲舞えやぁ!」
「私の舞は藍家直伝。茅炎白酒でないとお供には相応しくないですよ?」
「いくらでも飲んでやるぜ! ほら野郎ども、さっさと起きろ! せっかくの女っ気を見逃すつもりか!?」
白大将軍が大声で呼んで、黒大将軍が無言で手招きしてる。仕方がない。舞を拒んでもう一回手合わせとかになったら、さすがに体力がやばいしね。ここは大人しく、女性と新年を迎えられなかった殿方たちの、せめてもの癒しとなりましょう。
「・・・・・・行っておいで、殿」
「行ってきますよ、楸瑛さん。静蘭さんも、まだまだ未熟な舞で良ろしければ見物してやって下さいね」
「ええ、謹んで拝見させて頂きます」
ご愁傷様と顔で語ってる楸瑛さんと、やっぱり酔ってるらしい静蘭さんに見送られて立ち上がった。髪で双龍蓮泉がしゃらりと鳴る。耳を飾るのは珀明君にもらった耳環で、手首を飾るのは欧陽侍郎に頂いた腕環。髪紐は落ち着いた黄色の玉で、これはもちろん黄戸部尚書から頂いたもの。本当は百合姫に頂戴した衣を着たかったんだけど、あれはさすがに紅だし、自宅で着ることに致します。

懐から取り出した扇が紅吏部尚書と同じ一品だということに、果たして何人が気づくかなぁ。
そんなことを考えながら、月をスポットライト代わりにして、三つ子に仕込まれた舞を皆さんに披露した。
こうなったら羽林軍で逆ハーレムでも作っちゃおう。うん、頑張れ、私!





魔女っ子に年を聞いてはいけません。
2006年9月9日