33.御手を此方へ、お姫様





壁を上っていく秀麗ちゃんは、ちょっと面白い。だけどどうにか無事に目的地へ着けたらしく、転がるようにして窓から中に入っていった。これで管尚書とも顔を合わせることは出来ただろうし、後は秀麗ちゃんの力量次第。
私に出来るお膳立てはここまで。仕事はとりあえず終わっているし、いよいよ羽林軍にでも向かってみるかな。たぶんそろそろ宴もたけなわになってるだろう。
一応工部の皆さんに断って、羽林軍官舎に足を向ける。うーわー・・・近づくにつれて酒の臭いが濃くなっていくよ。まぁ毎日管尚書の執務室にお邪魔している身からすれば、これくらい全然日常なんだけど。
そんな感じでぽてぽて歩いていたら、官舎から矢が飛んできた。手紙も結んでない、ただの矢。もしくは毒矢?
「・・・・・・帰ってもいいですかー?」
「すまないね、殿。それは許可出来そうにない」
ごろごろ酔い潰れた兵士たちを避けながら、楸瑛さんが歩み出てくる。あ、何かものすごく疲れたようなお顔。今年は朝賀も出席しなくて楽だ楽だとかおっしゃっていたはずなのに。
「お酒、あれだけ横流ししても足りなかったんですか?」
「大人には事情があるんだよ・・・・・・」
「屋根の上の方も止むに止まれぬ事情をお持ちで?」
「・・・・・・そう。本当にすまない、殿。けれど私も所詮はただの将軍。大将軍の命には逆らえないんだ」
うわー秀麗ちゃんに言った台詞がこんなところで帰ってきたよ。えーとつまり、私も秀麗ちゃんを見習って、自力で道を切り開かなくちゃいけないわけか?
楸瑛さんの手には素敵な剣。片や私、丸腰。いつぞやのように包丁すら持ってない。
「せめて武器くらいは持たせてもらえますよね?」
「もちろん。剣でも弓でも槍でも好きなものを選んでいいよ」
「傷物になったら責任は楸瑛さんが取って下さるんですか?」
「そうだね。兄上方には悪いけれど、それくらいの特典は私も欲しいな」
にっこり微笑み合うと、だんだん武官の血が騒いできたのか、楸瑛さんもご機嫌になってきた。
とりあえず転がっている人から剣を借りて振ってみる。うん、大丈夫そう。本当はグロールフィンデルさんから頂いたマイ剣を取り出したいけど、今は誰が見てるか分からないし止めとこう。あぁそれにしても、楸瑛さんを倒して黒白大将軍の相手をしてる間にお酒がなくならないと良いけどなぁ。
「それじゃあ行くよ、殿」
「望むところです、楸瑛さん」
ちゃきっと剣を構えて、前哨戦は始まった。あー・・・黒白大将軍が楽しそうに観戦してるよ。あの後ろの美形さんは秀麗ちゃん自慢の静蘭さんかな。後で紹介してもらわなくっちゃ。

一方は飲み比べ、もう一方は武術手合わせ。
初代女官吏の新年幕開けにしては何か間違ってる気がしない? 気のせいかなぁ、秀麗ちゃん。





この矢、もしかしてキューピットさんですか?
2006年9月5日