32.紅蓮の花びらに口付けを
秀麗ちゃんが帰ってきた。新年の朝賀に出席するためらしいけど、とにかく秀麗ちゃんが帰ってきた。
でもってその美しさ倍増と言ったらもう!
「―――茶州州牧紅秀麗様、及び茶州州伊鄭悠舜様、ご入殿でございます」
現れた秀麗ちゃんに、宣政殿にいた全員が息を飲んだよ! 見惚れたよ! それだけ綺麗になって帰ってきたよ、秀麗ちゃん!
原因が何か気になるけれど、まぁいまはおとなしくその美しさに見入っていよう。同僚として鼻が高いよ。ありがとう!
実際の再会は、朝賀の翌々日のことだった。今日も今日とて書簡の溢れている吏部尚書執務室とは無関係に黎深さんから判をもらって、いそいそと我が領域に帰ってきたら。
ぽいっと放り出されたらしい秀麗ちゃんが、工部前の廊下に転がっていた。今日は普通の官服だ。ちぇ、残念。
「ハァイ、秀麗ちゃん。久しぶりー」
声をかけたらぱっと振り返ってくれた。あぁやっぱり可愛くなってる。
「その声・・・!? 久しぶり! 元気だった?」
「おかげさまで元気だよ。秀麗ちゃんこそ元気だった?」
「おかげさまでね」
書簡を置いて手を差し出せば、秀麗ちゃんはそれを取って立ち上がる。いいなぁ、この感触。やっぱり女の子はいいよ、うん。
「いやー秀麗ちゃん、ちょっと離れてた間にものすごく美人になったね。大人っぽくなったって言うの? 内面から発される美、艶やかな成長。ものすごく鼻が高いよ。ありがとう、秀麗ちゃん」
「そ、そんなことないわよ。朝賀の席では凛さんに着飾られちゃったの。あんなに装飾つけて怒られるんじゃないかと思ったんだけど・・・・・・」
照れながら秀麗ちゃんは私を上から下まで見回して、ふと納得したように頷く。
「・・・・・・大丈夫なわけよね、そりゃあ。の官服だって負けず劣らず派手だもの」
「直属上司の見立てでね。どうせなら目の保養もさせろって言われて、毎日頑張って着飾ってます」
「でもすごく絶妙で綺麗だわ。まるで胡蝶姉さんみたい」
「え、さすがに胡蝶さんほど化粧はしてないつもりなんだけど」
「でも本当に綺麗。こそ美人になったわよ。あ、その耳飾りってもしかして碧家の?」
「うん、珀明君にもらってね」
「よく似合ってるわ。さすが珀ね」
そんな再会話をほのぼのと交わしていると、突然はっと我に返ったらしい秀麗ちゃんに、思い切り両手を掴まれた。
「そういえば! って確か工部所属だったわよね!?」
「うん、一応」
「お願い! 管尚書に取り次いでっ!」
「あーごめん、無理」
へらっと笑ったら、秀麗ちゃんはきょとんと目を丸くした後で力なく崩れ落ちた。でもごめんよ、秀麗ちゃん。先手を打たれているのだよ。
「『俺が直に了承するまで取り次ぎすんな。したらその簪売って酒買わせるぞ』って言われてるんだ。まだまだピヨピヨひよっこだし、上司の命には逆らえなくて」
だからごめんねぇ、秀麗ちゃん。そう謝ったら、秀麗ちゃんはふるふると頭を振った。上げた顔はすでに戦闘態勢。何事も前向きなのは秀麗ちゃんの魅力の一つ!
「いいわ。こうなったらとことんぶつかっていってやるんだから」
「賄賂はもちろん酒がオススメ。欧陽侍郎は光ものだけど、審美眼はかなり厳しいから諦めた方がよいかも」
「はどうやって管尚書に認めてもらったの?」
「肝臓と実力かな。飲み比べで勝って、任された案件を無事に成立させて、後はまぁちょこちょこと」
「さ、さすがね・・・・・・」
秀麗ちゃん、ちょっと顔が引きつってるよ。まぁでも私も楽しんで仕事してるから良いんだけどね。
あぁでも管尚書と欧陽侍郎か・・・。実力的にはものすごくあるし、二人揃って趣味はともかく能吏だし、認めるところはちゃんと認めてくれるんだよね。だから多分、秀麗ちゃんなら大丈夫。
「頑張って。管尚書の許可が出たら、私も一工部官として精一杯協力させてもらうから」
「ありがとう! 見てて、私絶対に負けないから!」
「見てる見てる。いってらっしゃーい」
再度管尚書の執務室に向かっていく秀麗ちゃんに、激励を兼ねて手を振った。あー・・・・・・欧陽侍郎のナチュラルに毒を含んだお断りが聞こえてくるような気がするよ。まぁこの件に関しては私も口を出せないし、とりあえず見守ることにしておこう。
そう考えて再度放り出されるだろう秀麗ちゃんのために、お茶でも入れようとその場を離れた。
そういえば黒白大将軍から酒宴のお誘いが来てたんだっけ。あれ行かなきゃ駄目かなぁ。楸瑛さんが大量の酒を横流ししていたし、限界チャレンジな飲み会になってること間違いないと思うんだけど。
気が向いたら後で行ってみよう。とにかく今は秀麗ちゃんだ。成長した彼女にお茶とお菓子で乾杯を!
久しぶりの再会。会えて嬉しいよ、秀麗ちゃん!
2006年9月5日