31.ホワイ、何故かだって? 答える義理は無いね
「前々から思ってたんですけど、その簪、趣味悪いですよ」
欧陽玉の言葉に、彼の部下に当たる少女はきょとんと目を瞬いた。
彼女の両手に抱えられているのは、吏部から返ってきたばかりの草案だ。吏部は尚書のさぼり癖から仕事を積止めることで知られているが、彼女が持っていくとすぐさま諾否が判じられる。個人的に吏部尚書と親しい間柄故と聞いているが、これを利用しない手はない。工部では吏部行きの書簡はすべて彼女に回すよう、すでに鉄則が敷かれていた。
そんな少女の髪で揺れている簪を眺め、玉は再度繰り返す。
「確かに藍家専属技師が作っただけあって繊細かつ精巧ではありますけどね、あなたにはそれ、似合いませんよ」
「えーと・・・・・・欧陽侍郎に言われると、無償に納得してしまいそうなんですが」
「してしまいそうじゃなく、納得しなさい。じゃらじゃら揺らして趣味悪いったらありません」
「欧陽侍郎に言われましても」
「僕はいいんです。自分に似合うものしかつけてませんから」
はっきりと言われ、少女は確かにと頷く。官吏とは思えないほどに装飾を身につけている玉だが、それは決して悪趣味じゃない。自分を引き立てる加減と限界を、彼は確かに知っているのだ。
「大体、毎日同じ簪をつけるだなんて女の風上にも置けませんよ。官吏だからって無駄な遠慮などしたりせず、きらびやかにして少しは目の保養にも役立ったらどうですか」
「私が着飾るよりも、黄戸部尚書が仮面を外された方が目の保養になるかと思います」
「同時に朝廷が崩壊しますけどね。とにかくその簪はあなたに似合いません」
はっきりと言われ、少女は困ったように首を傾げた。その拍子にも揺れる飾りは泉の流れを模したもの。藍家直紋の双龍蓮泉を象っていることくらい、玉だって分かっているだろうに。それなのに否定され、少女は更に首を傾げた。
そんな彼女を振り向き、玉は生真面目な顔に少し笑みを乗せて告げる。
「今度、代わりのものを贈ってあげます。欧陽家の家紋の方があなたには似合うでしょうからね」
「・・・・・・そういう話だったんですか?」
「そういう話をしてたんですよ。あなたが寵姫であるのなら、まだ誰のものでもないということでしょう?」
藍家の簪を捨て、欧陽家のものをつける。つまりは藍家三当主の愛人を止め、自分の妻になれと言っているのだ。
あまりにも直接的なお誘いに、少女の顔が困ったように揺れる。
「・・・・・・さすがに藍家を敵に回すのは」
「自力で女一人奪いに来れない男なんかに未来はないですよ」
「言いますねぇ、欧陽侍郎」
今度の笑みは朗らかなもので、玉はその様子に満足げに唇を緩めた。男にしては細い、しかし骨ばった指先で少女の手の中の書簡をいくつか奪い取る。歩き出せば後ろではなく隣に並ぶ。上司と部下としては間違っているのかもしれないが、その距離がとても心地よかった。
「まぁいいですよ。気が変わるまで口説き続けてあげますから」
「えー・・・・・・と、すいません、欧陽侍郎にはもっと可愛らしい女性が似合うんじゃないかと」
「あなた以上に欧陽家の簪の似合う女性が現れたら考えますよ」
「そうですか・・・・・・」
やはり困ったように笑む少女に、とりあえず耳飾りから贈ることを玉は決めた。自分好みに仕立て上げ、朝廷の華と咲かすのも面白い。どちらにせよこれだけの少女を、無条件で藍家のままにしておくなんて、彼の美意識が許さないのだ。
少女は恋されるからこそ美しさを増していく。
そのために玉は今日も明日も明後日も、彼女を口説き続けるのだ。
やはり趣味に走ってみる、その二。
2006年9月3日